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#WORLD DREAM TOURING

“世界の子供の希望と夢を発信します”

2011年03月

小学生の声07 南アフリカ・ケープタウン 撮影日2011/01/30


~ワールドドリームツーリングプロジェクト・日本事務局~

【ブルキナファソ】ワガドグ~ボボディラソの旅

2011年3月31日(木)

 

「我が屋」http://www5.hp-ez.com/hp/wagaya/page1

の飯田さんからボボディラッソに向かう途中の見所を教わった。

「町を抜けて10キロほど向かったところに面白いところがあるよ」と。

 

なんでもワニが沢山生息しており、そこで生きたニワトリを200~300円ほどで

買うことが出来、釣り竿のようなものに餌としてそのニワトリをぶら下げて、

ワニの頭上に垂らすと、ワニが水中からがぶっ!!!

と出て来ると。。

ニワトリは必死の雄叫びを上げ、
ワニはワニでニワトリを懸命に食べようとする。

そんな光景を見るんだそう。。スゴイところだ。。(苦笑)

 

しかし、なんと今朝、道を一本間違えてしまいそこを通ることが出来なかった。

飯田さん、せっかく教えて頂いたのご免なさい。

 

またボボディラッソから50キロほど先にいったところに溶岩の後が滝で覆われている景観が素晴らしいところがあるとこちらも教えて下さった。

ただ、今朝、問題発生。。持病の腰痛が再発してしまった。

レース時代、ずっと抱えていた爆弾で最後は引退の原因となった。

手術をしてもう8年経つが、ここのところの異常な暑さでバイクに乗る時はいつも装着していたスポーツコルセットをクマシから外したことが原因になってしまった。

しかしコルセットって凄い。
また装着するとすぐに痛みが半分ほどに和らぐ。

うーん、侮れない。
日本と違い凹凸がすごい道路事情なのでなめてちゃダメだね。

 

なので今朝、ブルキナでもう一泊か・・?ということも考えたが、

次の町に進まないとならない日程の理由があるので痛みをこらえ出発。

 

そういえば、ブルキナに入ったらiPhoneのローミングが再び途切れた。

そしていろんな国で購入したSIMを専用携帯に入れてみると、

ガボンで購入したSIMがこのブルキナで使える。これも不思議(笑)

 

ボボのホテルは予約をしていなかったが目指す所に訪問すると空きがあるとのことで

チェックイン。

Hotel Restaurant Les 2 Palmiers 39500CFA(7000円)エアコン/TV

 

またホテルの至近に洗車場があったので依頼した。370円。

 

早めにボボに着いて今日は安静にしていようと思う。

ただ、バイクのルーティン整備はしないとならない。

明日は、もうブルキナと別れマリに入国。

ルートを変更してシカソ経由でバマコへ向かう予定。

 

 




DSCF3920
ワガドグのホテル外観リビアホテル改めライコホテル






DSCF3922

ブルキナに入ってから急に増えたロバ車。

 

ちなみにこれは、一匹なので一ろば力。

2ろば力まで見ることが出来た(笑)




DSCF3924道を間違えてダート路に。

この先がまた深い砂!こえ〜!






DSCF3925道を間違えたことで見ることが出来た風景。

田舎から町に自分の商品を朝早く運ぶ人達。







DSCF3930

前車の土煙がスゴイのでマスクで完全装備。








DSCF3934

ボボへ向かう幹線道は穴はたまにあるが基本的に素晴らしい!







DSCF3943広大な景色が広がる







DSCF3945ブルキナの子供、大人もすぐに手を振ってくれる。






DSCF3946どこまで遠くにいっても人と、動物がいる







10)水辺の風景が気持ちを癒してくれる

静かに生活する人々






DSCF3953

ボボディラッソの町に入った!










【ブルキナファソ】ワガドグ滞在/子供インタビュー

2011年3月30日(水)

 

朝9時に飯田さんの店「我が家」で待ち合わせする。

「バイクで訪問すれば子供達が喜びますから」

とのことで、飯田さんのプジョーと私のバイクの二台で小学校へ向かう。

 

10分ほど走った後、幹線道を外れ未舗装エリアへ。

そこを5分ほど走ると小学校に到着。

 

この学校は土地開発が激しいワガドグで、立ち退きに遭い、

行く所がなくなった村人のコミュニティが学校を作ることになったとのこと。

飯田さんはその学校の運営支援をしている。

生徒のほとんどが貧しい家庭の子供で授業料は一切なく、

教師も皆、ボランティアだ。

事実上の運営は協力団体からの補助と、

数少ない経済力がある家庭からの寄付でまかなわれているという。

 

校舎はなく、教室は簡易で建てられた「枠」だ。

屋根とカーテンが取り付けられ、

子供達はそこにまとまり、勉強している。

教室を覗いた時、皆、一生懸命ノートを取りながら学ぶ姿が印象的だった。

 

教室付近で地面を這う小さな子がいた。

足のかかと付近にケガをしているが薬がないため化膿し虫が傷口にたかっている。

衛生面、医療面の問題に直面するブルキナの方の悩みを物語る一面を見た。

 

授業のまっ際中に飯田さんが教室に入って行くと先生、子供達が一斉に起立する。

よほど先生や、生徒からも信頼されていることが解る。

私の紹介、子供インタビューの主旨、質問内容について飯田さんが説明して下さり、

代表の子供を先生に選んでもらってくれた。

 

3人の子供がやや緊張した面持ちではあるが、しっかりと自分の夢を語ってくれる。

このブルキナはフランス語を使う。

飯田さんの通訳のお陰でインタビューを無事終えることが出来た。

 

バイクで学校を訪問したことはとても正解だった。

インタビュー終了後、バイクの周りに子供達が整列して記念撮影し、

それが終了すると、先生方もバイクに喜んでまたがったりして撮影大会になった(笑)

ブルキナに限らず今のアフリカはかなり多くの方が携帯電話を持っている。

靴を履かない裸足の人でも携帯を持っているほど。

携帯に付属しているカメラはとても重宝しているようだ。

 

ブルキナは特にオートバイが多い街で、

良いバイクに乗る事が特に男性のステータスだそう。

インタビューが無事終了してから、先生、学校校長、学校コーディネーターと、

飯田さんと共に近くのちょっとした食事が出来る場所に移動し懇親会?を開いてくれた。

 

沢山、ブルキナのことについて教えて戴いた。

ご自身の今後の夢。皆、今も崇高な夢を持っている。

またブルキナの問題点についても深く語ってくれた。

やはり健康面、政治の面について懸念を持っているとのこと。

 

豚肉を焼いた料理が大変、美味しかった。

全て飯田さんにお世話になってしまった。

 

突然訪問した見ず知らずの旅人に対し、何から何まで信じられないほど

手厚いご親切を頂だいたことに深い感謝と言葉に代えがたいほど尊敬の念を抱きます。

 

ホテルに戻り事務作業をこなしているとすでに夜中になってしまった。

本当は早く作業を終え、今晩も「我が家」に行き、

今日はラーメンを戴きたかったのだが、こちらは夢叶わず・・(笑)

DSCF3873教室の風景







DSCF3876新校舎を皆で協力しあい建てている







DSCF3877風がふくと壁が舞う?!







DSCF3881大変お世話になった飯田さん

最高の人間性。

こういう大人になりたい。



DSCF3884飯田さんの通訳で始まった!







DSCF3886私のプロジェクトに大きな拍手を送ってくれた。






DSCF3893インタビューに答えてくれる代表の子供。

かなり緊張していた様子。










DSCF3897バイク共に記念撮影、このあともみくちゃ状態に。。






DSCF3907アプリコットの根のジュースを凍らせたもの。

甘くて美味しい。

5円ほど。


DSCF3908この豚肉の料理が大変、美味!

ラビレというスープが絶妙な味を出す。





DSCF3912大人にも夢を語ってもらうと崇高な話しをしてくれた。

皆さん、異口同音に誰かの役に立つために成功したいと言う。



DSCF3914「マキ」(隠れ家という意味)と呼ばれる食事処がコミュニュティ(村)の中にある





タマレ〜サンデマ(ガーナ)〜ワガドグ(ブルキナファソ)の旅

2011年3月29日(火)

IMG_3093タマレの朝日












IMG_3094ホテルの外観







IMG_3096あちこち工事中だったが、
いつかまた来たいと思うほどゲストへの対応が素晴らしかった






IMG_3097バイクを私の部屋の真ん前に置かせてくれた。

大荷物を持つ私にとっては有り難い。




DSCF3820美しい景色が広がる道を往く







DSCF3822樹木が作り出す自然のトンネルが気持ちイイ






DSCF3831国境手前、ナブロンゴから方向転換し、南へ戻るようにサンデマへ向かう道。

さあ、孤児院へ辿りつけるだろうか。




先方には電話もメールもないので事前連絡が出来ていない。
頼みの綱は日本の陽市君が送ってくれている手紙のみだ。


サンデマのコミュニティ(町と村の間)に入る手前に、
ポリスストップが有り

「どこへいく?」と険しい表情、厳しい言い方で警官が聞く。

「ホライゾンチルドレンセンターへ行きたい」

と言うと、うーん?とそこが判らない様子。

もう一人、若い警官が近寄って来て伝えてみるが、
聞いた事がある気がするが、はっきりしないといった感じ。

「ホライゾンチルドレンセンターというのは孤児院だよ」
というと

二人の警官の表情と態度が一転、
とても優しく、歓迎的なものになった。

そして、
「それなら知ってます。この道をずっとまっすぐ行って下さい」
と対応も丁寧なものに変わり、
「町の中心まで行って誰かに聞いてもらえれば判りますよ」と。

この孤児院はとても有名で、敬意に満ちた存在のように感じた。

町の中心に来たところで、バイクを停め人に尋ねようとすると、
最初に近付いて来た人は、
一言目から、
「1セディ(50円)くれ」
という。
さすがに場所を変える。

次に物売りの店主に
「ホライゾンチルドレンセンターを知っていますか?」
と聞くと、

その方も表情が急に柔らぎ、その場所を
何度も丁寧に教えてくれた。
そこは孤児院ですよね?と再確認すると
そう、そうと。

町の中心から1キロほど走ったところで・・

DSCF3834看板発見!!!







DSCF3835広い敷地に、建物が立っていた。


バイクをそのまま建物の前に進める。




DSCF3840すると建物の前にいた車椅子の男性が最初、驚いたような表情のあと、すぐに満面の笑顔に変わって手を叩いて喜んでくれている。




当初の予定より、二週間遅れで到着したにも関わらず大歓迎で迎えてくれた。


孤児院オーナーのヤオさん(中央)と、19歳からこの孤児院で先生を8年間しているジョーさん。


3年前、この孤児院で二名の日本人がボランティアで働いていたお陰で私の訪問が実現した。

「アキさん」と、「ケンさん」と仰る方だそう。
ジョーさんがこの方々との楽しかった思い出を話してくれた。
私が日本に帰国したらこのお二人とも会いたいと思う。
そして、私がこのガーナ北端の地に縁を戴くことができたのは日本の亥子さん、陽市さんのお陰です。感謝いたしますm(__)m

DSCF3836インタビューに答えてくれた、オウル君とシラス君。





二週間待ってくれたのに、滞在時間が僅か30分ほどだったことが悔やまれる。

ヤオさんとジョーさんは何度も何度も私が日本からここに訪れたことに感謝と歓迎を伝えてくれる。
そして彼らはこの孤児院の仕事をしていることに大変な誇りを持っていることを強く感じた。

必ずいつかまた訪れたいと思った。
またそのときはもう少し英語が上手になってジョーさんやヤオさんの思いを言葉でもっと聞いてみたい。


サンデマを後にし、国境へ向かう。
今日中にブルキナファソのワガドグへ到着しなければならない。
国境で手前の町、ナブロンゴのポリスオフィスでパスポートとカルネのスタンプを押すオフィスの場所を確認をする。
この町でなく国境で出来ることを確認し向かう。


国境へ行き、ガーナの出国手続き、
そして、ブルキナファソの入国手続き、全て何事もなく通過出来た。
全て簡単に済むため国境屋、ガイドも居ない。
チェンジャー(両替屋)が声を掛けて来てガーナ通貨のセディからブルキナ以降のセーファーフランへの両替はと聞いてくる。彼らは人もよくレートも悪くない。

これ以上ないほど簡単に国境を越えることが出来た
私の旅のアフリカ前半(東側)に近い感覚だった。
善良なる旅行者視点で言えば、国境は全てこうであって欲しいものだ(苦笑)
国境を通過したとことで飲み物を買おうとするといきなり英語が通じない。フランス語に戻った。。
国境ってすごいな。
いきなり人種、言葉、宗教、習慣、がわずか数メートルで変わる所。


「Good bye Ghana! Hello,Burkina!!」


さあ、超暑いガーナを抜けて北上していくので幾分、涼しくなるのかな?と思い走りだすと・・



おいおいおいおいおいおい(笑)
バイクの気温計が面白いように上がっていくではあーりませんか!

DSCF3842表示は40.5度

この後、
42.5℃まで上がった。。



熱風ですよ、熱風!
シールドを開けると顔がやけどする!?(痛)
暑さを避けるため、上半身を伏せたのはバイクに乗り出して初めての経験。
風が熱風なので、そのまま風を受け続けると体がおかしくなりそう。
また、バイクに装着してあるドリンクホルダーの水を飲んだら

「お湯」でした(熱!)



DSCF3855ブルキナに入るとまた景色が益々イイ!







DSCF3856この超暑い中でも我が愛機は絶好調!

前回の給油からすでに700キロを超えているが、メーターはあと140キロ以上走行出来ることを示している。

とっても頼もしい!


DSCF3858暑さのせいで、アスファルトの道はすぐに陽炎を作り出す。

遠くの景色が不思議な絵となる。




DSCF3859何も食べていなかったので木陰を探し、パンを食べようと停車すると女子中学生達が寄ってきた。。

そんなに見つめてきたら恥ずかしいじゃないか!(笑)


DSCF3860ワガドグの街中。
開発を急ピッチで進めている都市。






ワガドグの中心地のやや南のエリアを走っていると・・

DSCF3861おやっ!
こ、これは日本語・・!

「居酒屋」と書いてある!!!!!




DSCF3863入ってみると、
日本語で、「我が家」の文字。












DSCF3865完全な日本の居酒屋だ。。







実は、ここの居酒屋「我が家」さんのことは、
世界ツーリング中のタカオ&ミユキさんから是非ここへ寄られるといいですよと情報を頂いておりました。

しかし、ここまで完璧な日本的な店作りになっているとはかなり感動です。

お店のオーナーは飯田さん。
大変気さくで優しく、器の大きな素晴らしいお人柄の方です。
是非、我が家さんのサイトをチェックして下さい^^!

DSCF3867






たまたま停電で店内はランプで対応。
これもアフリカらしさ(笑)

久しぶりの本物の日本食なので超!楽しみでした。
DSCF3869
卵焼き。

めちゃめちゃ美味しい!!!




DSCF3870私の大好物の冷麺もありこれも最高です!






あと、さらに私の大好物の鶏の唐揚げを注文したところ食べきれないほど出て来たのでお持ち帰りさせて頂きました。

そして、このオーナーの飯田さんはこのブルキナファソで孤児院を作る活動をしていらっしゃるので子供インタビューの協力を打診してあったところまだ会ってもいない時から快諾のお返事を下さっておりました。
明日、飯田さんがアテンドして戴いた学校訪問をします!

【緊急情報】
「我が家」さんがTVで紹介されます。
4月1日(金)19:00〜21:00 東京12チャンネル
残念ながら私は見れません。。
どなたかユーチューブでアップして下さったらご連絡お願いします。^^; 

【ガーナ】クマシ〜タマレの旅

2011年3月28日(月)

クマシのホテルを出る時、日本語を話すガーナ人が声をかけて来た。
話すとタマレはクマシよりもっと暑いという。

本当に、今日はバイクの温度計が38度を記録した!
風邪を引いた時の体温計じゃないんだから・・(笑)

さすがに体温より高い気温は走行中、風を受けていてもかなり暑く、
水を頻繁に補給しないと体調が悪くなりそう。
今日は370キロ位いの移動でノンストップで行けるので、
ペットボトルの水を走行しながら飲む。

クマシの町を抜ける時、少々迷い30分ほどかけて郊外へ繋がる道に出た。
クマシに入って来る昨日のことを思い出した。
道端に停車し、地図を見ているとこのクマシは他の町と違って
話しかけてくれる人は少ない。
誰か声をかけてくれたら、道を聞こうと思っている時に、

「Good morning!」

と声がする。
お、声をかけてくれた!
ただ、その声は下からだった。

スケートボードに乗った下半身が不自由な若い男性が
サンダルを手にはめ、歩道を漕ぐように進んでいた。

通常、身障者の方が声をかけてくる際は決まってお金が欲しいと
リクエストしてくるのだが、この人は素晴らしいさわやなか笑顔で
私に挨拶をすると、そのまま通り過ぎ、どんどん進んで行った。

この人のお陰でクマシ滞在がとっても気持ちよくいられたと思う。

誰かに影響を与えることって、挨拶一つで出来るんだと改めて感動した。



少しすると未舗装の工事中エリアになるが、
全体区間の半分くらい来た所からは道の状態はかなり良い。
ただ気を抜いていると、大穴にはまるので注意が必要だ。

DSCF3783クマシへの道

ほとんどは舗装路だ





沢山あった全てのポリスストップも基本的にはバイクの私はフリーパスだ。
一度だけ、電話番号を聞かれてポリスマンのノートに書いた(なんでだろう?笑)
 

タマレに近付くと道の両側は国立公園になっていて素晴らしい景色が広がる。

広大な湿地帯、サバンナ、豊かに多い茂る樹々・・。
ここでもいつかゆっくりして動物を見るサファリのツアーにでも参加してみたいと思う。


DSCF3795地球を走ってる実感がアフリカを走っていると湧いてくる。






DSCF3788水牛の群れの横断を待つ

牛追いの男性と最後に笑顔で挨拶
嬉しい瞬間。





DSCF3798遠くに広めの集落が見えてきた







DSCF3800藁葺き、円形、そして密集しているのが特徴的。






DSCF3802橋の上からの水景







DSCF3806この船から投網が打たれていた







DSCF3813







DSCF3817ついに38度を超えた。。

体温より高いとどうにかなりそうというのは本当だね。。




途中のある町には驚いた。
ほぼ全ての家、店の壁が全面黄色!
昨日のブログにも書いたがガーナは携帯電話会社の競争(戦争?)地域で
北に行くほどその様相が激しくなっていた。
黄色はアフリカで圧倒的に強いMTNという電話会社。

私もそのシムを何回か購入し利用した。


順調にタマレの町に入ると活気があって楽しそうな町。
街中の信号待ちで隣付近に停まるバイクと目が合うと笑顔で挨拶。

残念ながら今日はゆっくり町を散策する時間はなく、
さらにホテルを予約をしていないので探さないとならない。
町の中心の交差点でバイクを停めてホテルを探していると、
二人乗りのバイクが話しかけてくれて、私の希望のホテルに連れて行ってくれることに。
彼らの後を走っている時、コンゴの二人組(キバサとマルタン)を思い出した。


DSCF3818
ルクマンとヌリディーンの兄弟







彼らのお陰で迷うことなくホテルに到着する事が出来た。
【ガリバロッジ 99セーファー=5300円 朝食込み】
(インターネット、TV、エアコン、お湯シャワー) 
 私もアメックスも、何度もこのホテルにメールを送っているが見てないようだった(笑)

ホテルのスタッフは皆、フレンドリーで気持ちがいい。

さあ、明日は子供インタビューをしてから国境を越える。
子供インタビューはここではガイド役の方は誰もいないが、
日本から現地へ手紙を送ってくれている人がいる。
ガーナからブルキナファソへ抜ける手前のサンデマという町(村?)の
孤児院だ。過去に日本人の方がボランティアで行っていたことがあり
そのつてで連絡をして下さっている。
さて、到着することができるかの不安と、
そのアポイントで子供達に会える楽しさが交錯している。

無事インタビューを終えたらブルキナファソへ入国する。

このタマレはガーナ滞在、最後の町となる。

有り難う、ガーナ。

※山田達也のガーナの印象キーワード:洗練、冷静、人間らしさ

【ガーナ】アクラ(テシ)~クマシの旅

2011年3月27日(日)

DSCF3741

明け方のテシ海岸






朝食は6:30だというのでレストランに行くが、
まだ準備が出来てないとのことだったので、
その間にチェックアウトと、ガーナの通貨セディの両替を依頼してみる。

 

USドルやユーロは受け付けるが、セーファー(西アフリカ共通通貨)
は受け付けないという。

こういうところで外貨の種類によって価値の強さ、弱さを知ることが出来る。

 

出発の際、いつものようにホテルスタッフが数名バイクの周りに集まり歓談をする中で、

一人が自分もBMWの5シリーズの車を所有しているという。

ガーナ人は他のアフリカ諸国の人と比べ豊かさとふと感じさせられることが多い。

 

iPhoneのローミングがガーナに入った途端、復活し電話が使えるようになった。

アンゴラ以来で、日本の友人からSMSが入っており、
一ヶ月近くの遅れで返信した。

このローミングのお陰で、iPhoneのマップGPS機能は少し(?)
働くようになってくれてホテルの住所であるテシから、
アクラ市内を抜けてクマシ方面に行く道は迷うことがなかった。

 

出発時にホテルスタッフが途中は一部、道がよくないと教えてくれた。

言われた通り10キロほど走ったところから、工事箇所が点在しはじめ、

舗装路と、未舗装路が交代で現れて多くの車両は苦労して進む。

ただ、私にとってはコンゴのような悪路でないので特に問題にならない。



DSCF3744おお!富士山!
・・と思うような土砂(笑)







ガーナに入ってから気がついたのは、私にパッシングしてくる対向車が少ない事。

総じてアフリカはどこでも私にパッシングをして来た。

理由は、ヘッドライトが点灯したままになっているからだ。

通行人の多くも、私に「ライトがついたままだよ」と教えてくれる。

しかし私のバイクは「常時点灯型」でライトを消すことが出来ない。

最近の日欧米製のオートバイはそういったタイプがほとんど。

このガーナに入ってからその合図をする車が減ったのは、

私のようなタイプのオートバイが多いことだ。

ガーナに入国する前は南アフリカを覗いてほとんど大型バイクを見ることがなかった。

大型バイクがあるとしたらポリスの白バイくらいだ。

それ以外はほとんど、小型バイクで中国製、台湾製、その他である。

 

このクマシでは中型、大型のホンダ、ヤマハ、カワサキを見る事が出来た。

そしてその数の多さは、アクラ市内より圧倒的に多いと思う。

 

また四輪の車両も高級車が増えてきている。

新型のBMWやメルセデス、珍しいものだとUSのダッジバイパーも走っていた。

路線バス(だと思う)まで、大型サイズの高級観光バスタイプのものが沢山、行き来している。



DSCF3750

BPという会社は知っていたが、
まさかAPものあるとは。。
あすがアフリカ(笑)




DSCF3747壁を携帯電話会社の広告に提供した家屋が多い!

これはMTN社のカラーリング




DSCF3749こっちはボーダフォン







そんな区間を260キロほど走り抜けるとガーナ二位の大都市クマシに到着した。

人口が多い割に、渋滞が酷くないのは今日は日曜日だったからだ。

 

ホテルの方面はどこかなと・・思ったあたりでちょうど予約してあった
ホテルの看板があったのでその通りに進みホテルに到着。


初めて聞いた名前のホテルだが、凄く良いホテル!

【ゴールデンチューリップクマシ:118ユーロ(13500円)朝食込み】

(プール/テニスコート/インターネット無料/バスタブ有り/何しろ水回りがキレイ!)

DSCF3780





バイクをホテル前に停めると玄関から日本人らしき家族が出て来た。

お互い会釈したのち、一人の男性と話してみると、

道路の建設関係の仕事でガーナに来ていて今日はご家族とテニスをしに
このホテルに来たという。

なんと、セレブでエリートなお方でしょう()

またガーナの情勢の落ち着き、安全さを少し感じさせる一幕でもあった。

 

いつも大荷物を部屋に持ち込むのでホテルによってはスタッフが運ぶのを手伝ってくれる。

日本から来たと伝えるとすかさず「ソーリー」と答える。

私の荷物を運んでくれたホテルスタッフは「チュナミ(津波)」と言い、
何人の人が亡くなったかを聞くので

1万人だと答えると、ビックリして絶句状態だった。。

 

荷物を部屋に置いた後、僅かだが時間があったので
ガソリン給油を兼ねて出かけたついでに
クマシの見所にオートバイで行くことにした。

町の中心地に西アフリカ最大と言われるマーケットがある。

DSCF3765DSCF3762





とにかく、信じがたい広さで東京ドーム何個分あるんだろう?
と思うほど。
様々なモノを売る露店、パラソル、トタン屋根の店で一つの区域が埋め尽くされている。

DSCF3766DSCF3773










私は大型の特殊なバイクに乗っていることもあり
アフリカ人の男性の多くはオートバイが好きなのでどんどん話しかけてくれる。

道を訪ねたり、友達を作ったり、写真を撮影させてもらったりする時も難なく可能となる。

オートバイに乗っていることで、旅が順調に、楽しくいけるメリットは無数にある。

 

バイク乗りとしてのデメリットはホテルに入る時に、「足もとを見られる」ことだ。

基本的にきれいな格好をしているわけでないので、予約をしていないと入場を断られることもあり得る。(コンゴ民では予約してあっても断られた)

 

ホテルに戻り久しぶりの湯船の風呂に入った後、
何気なくTVを付けるとF1開幕オーストラリア戦がやっていた!(嬉)

「小林カムイ8位でフィニッシュ!」に超~感動した!
(後に失格?になってしまったようだが。。)

そして、かなり多くのF1ドライバー達が日本の国旗や
日本へのメッセージをマシンやヘルメットに装着して走ってくれていた。
もう感激で涙。

改めて私が出来るベストを尽くす気持ちが加速した。

ロメ(トーゴ)〜アクラ(ガーナ)の旅/アクラ滞在

 

2011年3月25日(金)/26日(土)

 

いつものように朝一で出発したかったが

昨日の朝、ランドリーサービスに出したライディングジャケットが

戻って来ないので出発出来ないでいる。

 

普段だと、早朝に出せばその日のうちにリターンされるものだが、

戻らないので問い合わせると「翌日リターン」と紙に書いてあるよと言う。

 

よく見ると、本当だ。。

「所変われば・・」だ。良く読まなかった私が悪い。

また一つ勉強になった。

 

結局、ロメを出発したのは11:00。

この旅始まって以来の最も遅い出発時間となる。

 

ロメの中心からガーナの国境まではわずか5キロ。

すぐに国境エリアに入った。

どこがイミグレだろう?とキョロキョロしながら

徐行していると手招きする男性がいる。

そういう仕草をする人は、チップ目当てのガイドか、

国境関係者か、いつも見分けがつかない。

制服を着ている所もあれば(人もいれば)、着ていない場所もある(人もいる)。

 

結果的に彼はガイドだったが、彼がいてくれたお陰で、

この国境もすんなり全ての作業が終えることが出来た。

トーゴの出国イミグレーション、出国カスタム(税関)で
それぞれパスポートとカルネにスタンプを押してもらい、

ガーナの入国イミグレーション、入国カスタムでスタンプをもらった。

あと、ポリスオフィスへの入国申請のような手続きも含め無駄な時間が全くなく終了した。

スタンプ料など手続きに掛かった費用は日本円にすると全部で1500円ほど。

最後にガイド料はとして5セディ(250円)でOKとなった。

かなり、この国境も皆親切で気持ちよく通過することが出来た。

 

ガーナ入国からおよそ15キロほどは道が工事中でよくないが、

景色は非常に良く気持ちがいい!

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ケタラグーンという場所で、道の左右が広大な水辺になっている。

6665def8-s.jpg

子供が水遊びをしていたり、水鳥を沢山見ることが出来た。

 

 

8b423c4e-s.jpg

国立公園もある

双眼鏡で覗けば、象も見えたかもしれない



こういった広く、落ち着いた、安心する(?)景色はナミビア以来だな・・とふと思う。

そしてガーナに入って気がついたことは田舎の村や小さな町も、不思議とスタイリッシュ?な作りが多くみられる。

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ココナッツがここでも沢山売られていた。

ちなみにチョコレートの原料はココの実で違うもの。



道を歩いている人がバイクの私を見る目が優しい気もする。

そして手を振ってくれる人の数も多い方だ。ガボンに次いで多いかな?

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カラフルなつぼが売られていた。




 

ポリスストップはバイクの私を通過させてくれるところがほとんどだったが、

一度だけ、停止を求められ、

(警察)「後ろのバッグは何が入っているの?」

(私)「パンツに、シャツに、そういった着替えだよ」

(警察)「OK、ところで何か、ガーナの警察にお土産はないかな?」

「何か食べるために、お金とか、お金とか」()

(私)「なるほどね、でも私も日本への支援をする活動をして皆お金が必要で大変なんだよ」

ということを二度ほど言うと、

(警察)「OK、では行って下さい」と笑顔で答えて終了。

 

ロメ~アクラの中間ほどにある町の小さなレストラン?に寄りファンタを頼み、

手持ちのパンを食べる。
そこのオーナーにチョコレートをひとかけらあげると喜んでくれた。

レストランの外には子供が数名集まり入り口から私を珍しそうに覗き込んでいる。

 

94a2b1ce-s.jpg

その町の外れに棺桶屋が数件ある。

アフリカは棺桶屋が多いのは知っていたが、
まるで売り物の食品や、家具などを並べるのと同じように、

棺桶を展示販売していた。

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アクラに近付く途中、大学も見える。


ガーナはかなり発展していることが伺える。

8b6197be-s.jpg

気温は33度超えで暑い!





アクラに入ると有料の高速道路が始まった。

前を行く車が料金を支払うためにいくつかあるゲートに並んでいる。

二輪専用のゲートがあるのではと思い、一番右のゲートに行くと、

そこは日本で言えばETC専用のゲートで、後ろから来た車の信号で、

ゲートが開いたのでそのまま通過してしまった。

 

ロメのホテルであらかじめ、予約してあるアクラのホテルまでの

ルートをiPhoneに入力してあったので、その通り進むが
工事中の箇所が多く、道がその通りになっていない。

どうにかこうにか、アクラの中心地まで行くが、予約してあるホテルが

わからないので、道を歩く人、タクシーのドライバーに聞きながら、

指差す方向へ行ってみる。

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アクラの中心の交差点






教えてくれる人と話していると、人が集まってきて、

バイクのことについての質問や、「どこからきて、今後どこまで行くのか」
などの旅について質問してくれる人が沢山いるが、

残念ながら毎回答えていると日が暮れてしまうので早々に

その場を退散せざるを得ない。

 

そういえば、昨年、北海道ツーリングをした時に、

私達が泊まっているペンションの前に歩きで旅をしているカナダ人がいた。

彼に英語で話しかけてもちょっとそっけなかったことを思い出した。

私も彼に「どこから、いつから来て、どこまでいくのか」などど聞いていた。

彼も人に会う度に同じ事を聞かれ続けていたんだろうなと今になると判る。

 

「もうこの辺だろう」

という所まで来たところで、バイクを道に停めて近くにいる人に尋ねると

数名の若者が近寄って来てくれるが、私の目指すホテルを聞いたことがないという。

iPhoneのソフトで検索した地図を見せると、

「その場所まで一緒に行ってあげますよ」

と行ってわざわざ、自転車を出してくれた男性、ヘンリーがいた。

そして地図が示すホテルの場所まで来たがそのような建物がない。

その近所でヘンリーが一生懸命、人に聞いてくれる。
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 いつもアフリカ人の優しさに驚きと、感動が絶えない。。

 

 

似た名前のホテルが数キロ離れた所にあるというのでそこに行くことにした。

そのホテルに到着し、フロントで正式なホテル名をいうとここではないという。

そのホテルで電話を借り、予約してあるホテルに電話すると、

ここから20キロほど離れたアクラではない隣り町だという。

結局、iPhoneのソフトで検索した地図が間違っていた。

 

ヘンリーはなんと、改めてそこまで行ってくれるという。

最後まで責任持って私をホテルまで送り届けるつもりなのだ(涙)

たださすがに自転車でそこまで行けないので、私のバイクに一緒に乗って行くことにした。

元々、私のバイクのタンデムシート(後部座席)には大きな荷物が積んであるので、

ヘンリーが私のバッグを抱えて乗り、

私が前のめりになった状態で20キロの道のりを走ることになった。

私の運転の体制がかなり苦しい(辛)。

見た目にも笑えるようで実際、多くの道行く人が私達を見て笑っていた。

またそういう時に限って、夕方の渋滞が激しく、

3人乗りに近い重量のバイクをすり抜けで運転するのが超厳しい。。

 

やっとの思いでホテルに到着!

そこは素晴らしいところで、完全に海に面していて、プールもある。

・・が、チェックインを済ませた頃にはもう暗くなり始めていてゆっくりホテルを

満喫するには時間が遅かった。

 

ヘンリーには私の連絡先と御礼を渡し別れた。

もう少し話しをしたかったが、彼もすぐにアクラの街に戻らないといけなかったようだ。

 

【ラマダリゾートアクラココビーチ:USD161(朝食付き)

(住所はアクラでなかった)

 

翌朝、6時ちょうどに誰かがドアをノックする。

なんでこんな時間に。。と思い窓から覗くとホテルスタッフがドアの外に立っている。

ドアを開けると、「ヘンリーという男性が訪ねて来ています」という。

彼も、私ともう少し話しをしたかったらしく、また私が朝早く出発すると言っていたので、

この時間に来たのだ。

 

まずはロビーに行き、彼といろいろ話すと数年前までポリスマンをして

今は夜間の警備の仕事をしているという。

夜勤明けで来てくれたのだ。

 

ガーナについて、家族について、いろいろ聞かせてもらった後、

私が彼に夢を持っているか訪ねると、

「・・夢、ありますよ」

とはっきり言い切ったあと、少し間を置いて、

「大学に行って、研究をしたい」と教えてくれた。

場所を変えて1時間ほど浜辺の椅子で話しをしたあと別れた。

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話している時、彼は日本に行きたいと思っている言い、

ただガーナ人が日本に行く場合、ビザの取得時に、

日本人からの招待状が必要だと言っていた。

もちろん私が書いてあげると伝えた。

 

また彼に留まらずだが、アフリカ人は老若男女問わず皆、

政治について、深い興味と知識を持っている人が多い。

そのあたりは私を含め、日本人とだいぶ違うところだと思った。

 

一泊の予定だったが体調、バイクの整備含め万全でガーナ北上をするため、

もう一泊することにした。朝、ホテルのフロントに延泊を告げる。

 

ここのホテルは、首都アクラから離れた郊外であることもありとても静かであることと

インターネットがホテル中でWi-Fiが無料で飛んでいるためいろんな面で快適だ。

 

たまった多くの事務作業も進めないといけない。

午前、ホテルの敷地内にマッサージがあることを知り早速行く。

マッサージはナミビア以来だ。たまった疲れを回復することが出来た。

ランチは値段の高いホテル内ではなく、向かいのレストランへ行ってみた。

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フライドライス/チキン/コーラで400円。ホテル内の4分の1の値段だ。

 

作業を終えたら今日は早く寝て、明日の街クマシに向かう。

さて明日はどんなドラマが待っているだろうか。

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コトヌー(ベナン)~ロメ(トーゴ)の旅

 

2011年3月23日(水)/24日(木)

 

朝8:30、コトヌーのホテルを出発。トーゴに向かう。

コトヌーの街を抜けるのにえらく時間がかかるな・・と思いながら走る。

海沿いに途切れることなく町が長く繋がっているからだ。

ゆっくり走る車と、道がダートだったり、穴が多いアスファルトのために、

多くの車がペースを上げられず数珠つなぎのままになる。

ここ数日の移動のように平均時速100キロ超えにはならず少々ストレス?

 

ホテルを出発してから70キロほど走りやっと交通量が減って来た。


突然、素晴らしい景色が見えてきた!

 

国境の手前のアヘメという町に大きな湖があり、水上に住居がある!

初めて見る風景に驚きと感動を覚え、またそれはとても美しいものだった。


湖面と空の間の集落、

手漕ぎ船のシルエットが水面に映る。

橋の上から写真撮影をする私に対して地元の人が笑いかけてくれる。

 

撮影を終え走りだすと、国境が見えてきた。

やや緊張しながら国境へ突入。

ベナンのイミグレーション、そしてカスタム、

トーゴのイミグレーション、そしてカスタム。

全ての方が親切で、流れるように作業を進めてくれ、まったくストレスがなくあっという間に終わった(嬉)

トーゴの国境でビザを取得(購入)。

【トーゴビザ:7日間シングル。10000セーファー=1700円のみ】

写真、パスポートコピーなど全く不要。

また窓口でアドバイスをくれる人、次の窓口へ案内してくれる人、全ての人が誰もお金を要求してくることはない。

快適な国境越えだった。

 

「Good bye Benin、Hello! Togo!!」

国境を後にし走り出すとすぐ海岸線になった。

日本で言えば、湘南海岸134号線といった感じでとっても気持ちいい。

 

アメックスで予約済みのホテルに向かい、海岸線に建っていたのですぐに判った。

【ホテルアイビス 84ユーロ約9500円 素泊まり/TV/お湯シャワー/エアコン】

部屋に入ると窓から大西洋が一望出来て超気持ちがイイ!

荷物を解き、時計に目をやると13:00過ぎ。

今日は、この西アフリカエリア唯一のまとも?(ハイレベル)なバイクショップ

「トニートーゴ」に行くことになっている。

事前に前後のタイヤの予約してあった。

 

トニートーゴに行く前にパンをかじりホテルを出発。

場所はホテルのスタッフが知っていたので助かった。

地元でも有名な店のようだ。

「トニートーゴ」につくとの店のロゴの入ったTシャツを来た従業員がいるがバイク部門ではない仕事の人達らしく、バイクのことは判らないようだ。

福岡に済む私の友人で英語の先生だったグレッグが、この店に私のリクエストを電話でしてくれていて、その担当者のマイケルさんだったのでその名前を告げると、14:00になったら来るという。

私の腕時計ではすでに14:00だったので

「じゃあ、もう来るね」ということで店の敷地内で待つ事にした。

・・しかし、中々来ない。

前日、就寝時間が遅かったのでうとうとし寝てしまった。

海の風、と音が気持ちいい。

目が覚め、時計を見るともう15:30に近い。

 

「あのー、マイケルさんはまだかな?」と従業員にいうと、

「うーん、ちょっと遅れているね。でももう14:30だから来るでしょう」という。

「14:30?」いや、いやもう15:30でしょうと思いながら、

 

彼が自分の腕時計を指差し私に見せる。彼の時計は14:30。

ひょっとして..そう、ベナンとここのトーゴは一時間の時差があったのだ!

アフリカに来て国境で時刻を変えることがあるのは前にも経験していたがすっかり忘れていた。

また日本との時差が開いた。

 

そうこうしているうちにマイケルさんがバイクに乗ってやってきた。

とても歓迎してくれ建物の2階へ案内してくれる。

そこは完全にバイクショップになっていた。

トニーさんはレースで活躍した人で沢山のトロフィーやレース車両が展示されている。

私から依頼してあったタイヤも用意してくれていた。

 

私が依頼したメンテナンスの内容を紙に書いてマイケルさんが確認すると、

今日ではなく明日、朝一から作業を始めようということになった。

 

そのままバイクに乗りまたホテルまで戻る最中、町中を見てみたいと思い、

市街地へ入って行くと沢山の人が声をかけてくる。いろいろモノを売り込みに来る。

そんな中、ファンミルクという移動式アイスクリーム屋さんがやってきた。

ツイッターで情報をくれた方がいて美味しいというので初トライ!

150セーファー(約30円)で、結構、美味しい^^!

これは確か、カメルーンか、ナイジェリアあたりから見るようになってきてたと思う

 

バイクで移動しながら町中を撮影していると、
ライフルをぶら下げたジェンダメリー(憲兵)?が

急に走り寄って来て、

 

「今、ここで撮影したな!何してる!」

 

とえらい剣幕で言い始める。

カメラを出して撮影データを消去しろと言いたげな雰囲気だった。

私はツーリスト(旅行者)だと言っていると、憲兵の上官らしき人が

「もういいよ」というようなことを言い終了。

トーゴに入っても、相変わらず西アフリカのきな臭い感じはまだ続いている。

言動には十分に注意しないと。。

 

ホテルに戻りルーティン作業をするが時差の関係で時間が「得」したのと、

まだ日が高いこともあり目の前の海まで行くことにした。

「高温多湿」の気候のトーゴは浜辺でもカラッと乾燥して気持ちいいという感ではない。

でも、海岸線は本当に美しく、夕日のコントラスト、打ち寄せる波、

誰もがゆっくりと時間を過ごす浜辺は快適そのもの。

部屋に戻りシャワーを浴び、

夕食は久しぶりにまともなホテルのレストランで。

レストランはプールサイドにあり気持ちがいい。

すでに空は真っ暗になっているがプールサイドの灯りで数人が泳いでいる。

アフリカの夜空は星が沢山見えてとても奇麗だ。

 

食後、ラウンジでコーヒーと、アイスクリームを頼むと、

アイスクリームでなく、生クリームを冷やしたものが出て来た。
気持ちはとても判る(笑)


【画像】

 

DSCF3429コトヌー〜トーゴ国境近くのアヘメ湖

初めて見る水上集落に感動。 





DSCF3431学校のような施設も水上にある







DSCF3447海岸線が最高に気持ちいい







DSCF3454ナビが海沿いであることを示している







DSCF3460ロメ市街地を少し超えるともうガーナの国境の標識が出て来た!






DSCF3471ロメの中心地方面への道







DSCF3476街中でおやつ?軽食を売る屋台が出る。

パンに甘いクリームを塗って売っている。




DSCF3472これですよ、これ!(笑)






DSCF3474ファンミルク(アイス)!!

どこかをかじって穴を空け、チューチュー吸うんです。




DSCF3481ホテルの部屋から大西洋が一望!







DSCF3484カラフルなトカゲが挨拶をしてきた?!







DSCF3485ホテル外観







DSCF3486ホテル前の浜辺とを挟む街道







DSCF3542夕食はビーフ、チキン、羊の串プレートとライス。






DSCF3544翌早朝、窓から地引き網を引く人達が見えた






DSCF3498落ち着いた雰囲気の浜辺







DSCF3515声をかけてくれたアーティスト、アナン







DSCF3512砂と貝殻のオブジェ












DSCF3516静かに波がくだける







DSCF3520穏やかな大西洋







DSCF3534自称、コートジボアール大統領の甥、ペベル。

亡命?逃走中だとか。。





DSCF3540遠くに壊れた巨大な橋が見える。

ロメ海岸を代表する存在





DSCF3495第二次世界大戦中にドイツ軍が作った物だとアナンが教えてくれた






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DSCF3636上ってみた












DSCF3656結構な高さなのでチョイ、足がすくむ。。







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DSCF3668もう一つ、小さな橋があったようだ







DSCF3681浜に打ち上げられたままの小舟







49)ここまでの旅をふと振り返る時間となった







DSCF3628その昔、奴隷の輸出場として知られた海岸も今は静かな地元の憩いの浜辺となっている。








<整備記録:於 バイクショップ「トニートーゴ」> 
(走行距離:19200Km)

オイル交換/Fタイヤ交換/エアクリーナー交換/エンジンプラグ交換/パニアケース修正/タンクハンガー脱落ボルト装着/タンクステー位置変更(切断、溶接)/リアサスプリロードハンドル固着修理

DSCF3464見つけた!







DSCF3466ミッシェル(マイケル)さんを待っている時にフェラーリを発見。

間違いなくトニーさん(社長)のものだろう
西アフリカでフェラーリは凄い。。


DSCF3468従業員の方々の宗教の儀式。

13:00過ぎに始まった。





DSCF3553トニーさんの会社は、巨大トラック、MAN(エムエーエヌ)の販売、修理から始まったそう。





DSCF3555私のバイクの整備が始まった!






DSCF3559大分、汚れていたエアクリーナー。

動物が入ってなくてよかった(笑)





DSCF3560メカニックのディジェさん。
スイス人。でモトクロスライダーでもある。





DSCF3564こんなに山が残っているのにフロントタイヤはあきらめて交換しました。

さすがにスペアタイヤ二本積みは辞めとく。。


DSCF3567同じ敷地内で整備されていた巨大トラックのエンジンピストン。

大サイズのペットボトルより太い!!




DSCF3568新しく作っているビル。

トニーさん、儲かってまんな〜(笑)









DSCF3583私にとっては垂液モノの整備工場部屋がいくつもある。

私はこんなのが欲しいのです!(笑)



DSCF3589アフリカ唯一の国際レーシングチームでしょうか。






DSCF3593へこんだパニアケースの修理はトラック部門の方がやってくれました






DSCF3597KTM車両が並ぶショールーム。
つい最近、正規でHONDAも取り扱いだしたそうです。
二週間前に日本からホンダの社員が来て整備トレーニングを受けたと言っておりました。



DSCF3604パリダカールラリーに出場したときのカウル。










DSCF3605KTMファクトリーチームの模型(パリダカ仕様)






DSCF3606トニーさんのラリー走行シーン







DSCF3607所狭しと活躍時の写真が並ぶ







DSCF3610「チームトニートーゴ」のパリダカスタッフシャツ。

近い将来、私の自分のチームでパリダカに出場したいと思っているので今回の訪問は大変刺激的で勉強にもなった。




【ベナン】滞在/子供インタビュー

DSCF3383ホテルの周囲は官庁街で大きく近代的な建物が多い

身障者の方の物乞いが街に多く見かける




DSCF3385リビア、カダフィ大統領からもらったと地元の人がいう豪華で広大な国の施設が湾岸沿いにある





DSCF3386これは何だったか・・(笑)







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国際会議センター







DSCF3388中国文化センター

あちこちで中国パワーを見せつけられています。




DSCF3389銀行の本部








DSCF3390右が携帯電話企業、奥が歴史あるベナン最大の教会






DSCF3391昼の街ももちろんバイクがひしめきあう。

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日本のカブが丈夫で人気だそう






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このSUZUKIはナイジェリア製の偽物とのこと。

すごい台数がベナンでは走っています。








DSCF3392道路インフラは急激に良くなっているという






DSCF3404街中での物売りは出来高制だって。

私がやったら成績はどうだろう?(笑)





DSCF3410両替街にアクセルさんの車が近付くと電卓を持った両替え屋が殺到する(怖)






DSCF3398ベナンの中心にある小学校を訪問。

みんなめちゃめちゃ可愛い!

すごいフレンドリー!



DSCF3401一生懸命、インタビューに答えてくれました!






DSCF3399一人一人の子供の声は、大人の心の中にある大切なものを思い出させてくれる






DSCF3403私自身が元気、勇気をもらいました!

是非、大人になったら日本に来て!と伝えました。



「TSUNAMI」は海外、それもほとんど日本を知らなかったアフリカの子供にとって、日本を知るきっかけになっていた。皮肉なものだが、これをニッポンが元気になる反動になればと肌で感じた。

DSCF3415今回、ベナンでお世話になったアクセルさん。
「WAKAI(和解)」というベナンが独立する際、暴力でなく話し合いで結果を出したことを世に広げる団体が日本で活動しておりその関係者の方からアクセルさんをご紹介頂いた。子供インタビュー中も全て通訳をして戴いて本当に感謝です。名古屋の家には年に二回ほど行くとのことですので日本であいましょう!
そして、手羽先(山ちゃん)、ミソカツ(食いしん坊)、ドテ(お千代保さん)を食べに行きましょう!
(紹介者:村中美織さんー坂木育美さんーベベニョンさん)
(WAKAIサイトhttp://www.katsumoto.org/activity2010.html/)

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そのご関係で、ベナンの観光省を訪問












DSCF3416 観光課のカビンさん







DSCF3420日本に沢山、ご友人がいらっしゃるそう







DSCF3423滞在ホテルの駐車場で日課の整備をする。

今回は特にアンゴラ、DRC、コンゴでの数知れない転倒でボコボコになったパニアケースの修理をしました。



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あるビジネスマンが声をかけて来た。
実はBMWバイカーのオランダ人、スティーブン。
話しが大いに盛り上がり、

「是非、ルートを変えてアムステルダムまで来て!パリから500キロ北だよ」
と。
うーん、考えておきますと言うと
「イタリアまでツーリングで行くから落ち合おう」
ということになりました。




近くのスーパーに行くとスシが売っていた。
味は悪くないがライスがイマイチだった。。

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IMG_2904これは現地の人が大好きなバオバブジュース。

どろっとしたものがたまっているのが特徴。 

お、美味しい。。(笑)




さあ、明日はトーゴの首都ロメに行きます!
150キロほどの旅だが、国境を越えるのでまたどんなドラマがあるか楽しむことにする^^! 

またロメには「トニートーゴ」というパリダカに出場したライダーが経営する優良バイクショップがあり、そこでタイヤ交換、整備を行う予定。
あと少しで我が愛機も走行距離が20000キロになる。
アフリカ走行の後半に向けて完璧な状態にしておきたい。

 

ベナンシティ(ナイジェリア)~コトヌー(ベナン)の旅

2011年3月21日(月)

 

さあ、今日は400キロ以上の移動に加え、国境超えだ。

しかもベナンビザを持ってないため国境で取得するという初体験も待っている。

 

なので相当早くホテルを出発したいのだがアフリカの暗い道の走行は出来る限り避けたい。

 

ホテルのチェックアウトを済ませ、バイクに荷物を積み

時間は6:00になるが、空は全く明るくならず、

それどころが月がまだこうこうと出ている。

 

ここでもホテル関係者達が私を取り囲んでくれているので

「日の出は何時?」と聞くと、

「7:00だよ」と。

 

あと一時間は待ってられないので、出発することにした。

 

さすがにナイジェリアの夜道はヤバい!

中央分離帯がある道にも関わらず、逆走の車が来る!(怖)

 

暗い中をヘッドライトを頼りに走るのだが、

なんとなく少し前の景色がおかしく見えた。

近くまで行くと、道のど真ん中に、土砂が積み上がっていて乗用車二台分サイズの山となっている!

危うく突っ込みかけるところだった。。ふ~。

ありえないことをしてある、これがアフリカ!(笑) もう笑うしかないです。

 

街を離れかかったところのガソリンスタンドで給油をしている頃、

辺りが白んで来た。

 

早朝だというのにすでに交通量が多く、先を急ぐ車が

クラクションを鳴らしながら私のすぐ脇をすごい勢い抜いて行く。

 

街の中心地から10キロほど離れると道が高速道路のように変わってきた。

片側二車線で中央分離帯がある作りだ。

 

朝の霧が一時深くなり、速度を中々上げることが出来ないが、高速道路だから気持ちが楽。

 

・・と思って走っていると、目を疑う光景が眼前に。。

この高速道路でも、私が走っている車線を前から逆走してトラック、トレーラーがどんどん走って来る。

 

なぜ、そうなのか反対車線を見てみると、少々路面が荒れている。

ナイジェリアのドライバーは自分の走りたいところを好きに走るようだ(笑)

ポリスストップがあっても、それについては取り締まりも無い。

 

せっかくの片側二車線なのに、相互通行の道が平行して二本走っているだけになっていて、

意味なし。。(苦笑)

そんな状態が定期的に起こる区間を200キロ近く走行した後、やっと逆走車はいなくなった。

 

気苦労の絶えない運転を続け、幾度となく人に道を訪ねながら

やっと国境に辿り着いた。時間はちょうど正午だ。

 

ナイジェリア側とベナン側でそれぞれ時間がかかる可能性があるので、

先に腹ごしらえをしておくことにする。

 

国境エリアの手前にあるガソリンスタンドで、コーラを買おうとそこに集まっている人達に聞いてみた

「ここでコーラを買えるかな?」

「ここでは買えないけど、買いに行ってあげようか」

という親切な男性(サムソン)がいた。

コーラが無かったのでスプライトを買って来てくれて彼は私に名刺をくれたぐらいで他には特に何も話さず、

私は手持ちのパンを食べ終わるとそのガソリンスタンドを後にし国境へ!

 

イミグレーションの受付けに行くがすぐにスタンプを押してくれる気配が無く、

数名がそれぞれ私のパスポートをそれぞれのノートに書き写す作業を一人づつゆっくりゆっくり行う。

 

急いでいることを伝えるみるが、手はいっこうに進まない。

係官が私に、日本を発ってからの今まで来た国名、そしてこれから行こうとしている国を

教えてと言い紙に書いていく。

それが終わると次は別の建物のある警察署長のところへ私を同行させ旅のルートや目的を改めて話させる。

なんだが不思議なことをさせられている感がある。

そこで納得してもらったと思うがまだスタンプを押す気配がなく、

私の英語力が低いせいだが、まだ何かいろいろ訪ねてくるが理解出来ないことが多い。

結局、私のパスポートに入国スタンプがないと思っていたのか、その部分をしっかり見せて伝えてみると

スタンプを押す部屋は別の場所といいそこへ行けいうことになった。

今度はスタンプを押す係官がビザの有効期限について問題があると言い始め、なかなかスタンプを押さない。

ここで、

私のビザには全く問題がなく、ビザの有効期限と入国日、そして滞在可能日数について強く説明をするとやっとスタンプを押すことになった。

その後、また最初の受付係官に呼び止められ今度は、賄賂の請求だった。

これについてはさすがに、今、日本の状況を話し、

日本は今、大変な状況で私はその寄付を集めている活動をしているので貴方達も寄付して下さい、

と言うと、もう行っていいとなった。(笑)

そんなこんなでパスポートの出国スタンプを一つ押すだけで相当時間を要す。

これからまだカルネ代わりの書類への出国スタンプ、ベナンの国境へ移動してからベナンビザの購入と入国スタンプ、カルネ書類への入国スタンプと作業が続くので結構、時間がかかるなと思っているところに、にこにこして近くに立っている男性、ガソリンスタンドでコーラを買いに行ってくれたサムソンが登場した。

 

彼はいろいろ手伝うよと国境屋のようなことを言うが雰囲気はまったく違う。

サムスンが次はここだよと連れていってくれたところはベナンの入国イミグレーションだった。

とても不思議なのだが、この国境はナイジェリアとベナンが同一建物の中にある。

普通なら、近くても川を挟んで橋の向こうとこちら、という具合だがここはまったく同じ場所。

まだ、ゲートを通過していないのにベナンのイミグレーションだ。

ただここで有り難かったのはベナンのビザを持っていないならここで買えるよと行ってもらえたこと。

(ビザを「買う」という意識がまた面白い)

ちなみに、ベナンのイミグレの係官は女性の警官で英語が私以上に話せなくてフランス語を使う。

サムスンは英語が完璧でフランス語も少々イケル人物だったので全て通訳をしてくれた。

お陰で、ビザも3500セーファー(1800円)で(48時間有効ビザ)を買う事が出来、

入国スタンプもそこで速やかに押してもらうことが出来た。

次にベナンはカルネが必要なのでカルネへの入国スタンプを押してもらいにベナンのカスタム(税関)へ行き、

そこでもカルネの説明とスタンプ押印の依頼を彼が行ってくれ、
おそらく賄賂の請求がある雰囲気だったが

彼がすべて無くしてくれた。

彼への御礼として私からすすんで500セーファー(260円)渡しただけで

彼は私にお金の請求ひとつすることが無かった。

また、ナイジェリアでカルネ代わりの書類へのスタンプも確認もないまま出国することになった。

さあ、これで全てフィニッシュ!ということでバイクにまたがり、発進させようとすると

ナイジェリアのイミグレーション係官がまた呼び止め、今度はどんなチャリティ活動をしているのだ、その内容と証明をみせろと言い出した。

九州の伊藤まちゃが作ってくれたステッカーを渡しこのウェブサイトを確認するように伝えたことと、

ここでもサムスンが割って入ってくれたお陰で、それで終了となった。

なぜここまで彼らが私に食い下がるのかサムスンに聞いてみると、

あまり言葉(英語)が出来ないのに世界をバイクで、それも一人で旅していることが怪しいみたいと言う(笑)

さらには、やはり何かで賄賂を得たかったようだった。

これもお国の事情を物語るものとして私の思い出に残る一日となった。

 

サムスンとは、ビザの発給を待つ間にお互いの家族の事、ビジネスのことなどについて語りあった。

とっても短い時間だったが別れを惜しみハグをして離れた。彼は国境の内側で私に手を振ってくれた。

 

しかしなぜ、国境手前のガソリンスタンドで私のために飲み物を買いに行ってくれ、

二度と会うことのない可能性の私を約二時間以上助けてくれたのだろう?

彼の親切にずっと心地よい悩みを持つ事になった。

 

ベナンの国境を抜け一気にコトヌーを目指す。

コトヌーの街中では結構迷い、何人もの人に道を尋ねてやっとホテルに到着。

ここのホテルもアメックスが探しておいてくれて助かった。

Novotel Cotonou Orisha 16000円(素泊まり)】

ホテル内にATMもあるので便利。

このベナンからは西アフリカセーファー通貨が始まるのだが、

国境で両替えし忘れたためホテルまで現地通貨を持たない状態で移動するので結構不安だった。

そういえば、来る途中、そんな不安な時に限って有料の橋らしいものが目の前に登場。。

が、バイクは無料だったのでほっとした。

ただここでライフルを持った軍の検問があり所持品検査を受ける。

その先に、道端でココナッツジュースを売っているオバちゃんがいて、

ネイジェリアのお金ナイラでも良いよというので買って飲んだ。

ものスゴイのどが乾いていたのもあって美味しい!

飲み干すと、持っていたナタでココナッツを割り込んで中身の実を削って食べれるようにしてくれた。
だから「ナタでココ」か?・・そんなはずはないと思うが。。

500ナイラ(260円)渡すと、ココナツをもう一つどうだと聞いて来る。

もういらないよと言うとおつりを100セーファー(20円)くれた。

高いのか、安いのか。。(笑)

 

コトヌーのホテルの部屋に入り、ベナンでの子供インタビューを現地で請け負ってくれる

アクセルさんに連絡すると妹さんと一緒にホテルまで来てくれた。

 

現地の人と会う時、何故か誰か一緒に連れて来て紹介しくれる。

ベナン人、40歳のアクセルさんとは初対面だったが、日本人の奥さんがいて

日本で暮らしているとのこと。アクセルさんは日本とベナンを行き来しているビジネスマンだった。

また日本の住所が名古屋ということで私の故郷、岐阜と近いこともあり意気投合。

その後、夜の首都コトヌーを車で一回りし案内してくれた。

 

アクセルさんと明日の打ち合わせをして別れた後、

夕食がまだだったので一人でレストランに行くともう22:30過ぎ。

クローズなのでルームサービスで頼んでくれと言う。

 

部屋からオーダーをすると20分で来るといったが一向に来ない。

結局、来たのがなんと深夜1:30。。。

ルームサービスで2時間半待ったことは初めて。

あと、食欲が満たされないと人間は相当イライラすることを自分自身、改めてわかってしまった(笑)



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ランチ用に食パンを用意して出発!
普段、こんなんです。 






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ホテル玄関








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ホテルのスタッフ、皆フレンドリー^^








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一応、片側二車線








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でも対向車が。

しかも、中央分離帯側にとめて修理をしている。。


あり得ん・・。

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だからいわんこっちゃない。。

こんなのが無数ですよ。無数。






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国境あであと30キロほどの町








DSCF3342いくつか特徴的な建物を見ることが出来る







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国境でのヘルプマン、サムスン。

彼ももう一度会いたい人だ。






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ベナンに入ると石畳風の道になる。

オシャレ。






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海岸線にあるコトヌーへ向かう時、
いくつか運河を渡る






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ココナッツを割ってくれたオバちゃん








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冷やしたらもっと旨いだろうな







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数百メートルに渡って売り場があった









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コトヌーに近付くにつれてビルが増える







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町の風景








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ナイジェリアとは多くの人がいろいろなモノを持って行き来する。





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アクセルさんの車は日本から自分で輸入したホンダのインスパイア。






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夜中の屋台に人が集まるのは日本と同じ








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何時まででもひっきりなしに車とバイクタクシーが走っている



【ナイジェリア】アブジャ~ベニンシティの旅

2011年3月20日(日)

 

朝、7:00にホテルを出発。

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ホテルを出てモスクを脇目に西へ向かう








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あの山の頂上から街が見渡せるらしい









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街中、パビリオンといった感じ









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街を抜けるところを振り返り撮影








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街に入って来た東方面からの時と違い、

西に抜けて行く時は、道の両側に町や村が少なく走り易い。





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高級な住宅地の建設も多く目に付く







などど思っていたら、すぐに交通量が増えてきた。

通過する町を重ねる毎に渋滞が酷くなる。

アブジャからベナンシティに向かう200キロ近くは

交通量が多くまた皆さん、運転が荒い(苦笑)


道の両側には交通事故の残骸が無数にあり、事故車両が置き去りになっている。

にも関わらず、多くの運転者は危ない運転をされる。

何度私もあわや正面衝突!という思いをしたか数え切れなかった。


理由は、片側一車線の対面通行路に、

 

年式がかなり古い、

整備不良、

荷物の積み過ぎ、

人間の乗り過ぎで、

 

スピードが出せない車が山ほど走り、

それを抜こうとする車が、

対向車おかまいなしに行く。

そしてその車も加速能力や、ブレーキ性能が低いものが多いため、

結果、事故を起きる。

 

特に私はオートバイなので対向車からみれば

車幅が細いため、

私の存在があっても追い抜きをかけて来る対向車が後を絶たない。

 

毎回、私の真横ギリギリをスゴイスピードですれ違って行く。

接触したら大けがするのはこちらなのでよけながら走ることに

かなり気を使う。(疲)

そんな道のりが約200キロ以上続く。

 

ナイジェリアは経済発展がとても目覚ましい国。

南アフリカに次ぐということで車も増加が激しい。

 このアブジャ~ベナンシティ間は、

「ガソリンスタンドとホテルの道」と勝手に名付けた(笑)

 

この二つが多い事、多いこと。


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建設途中もあれば、







DSCF3319つぶれているものも多い。






とっても有り難いのはガソリンが安いこと!

1リッターあたり、65ナイラ=33円です!(嬉)

さすが豊富な原油埋蔵国!

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途中の街の風景








36)

前を行くトラック


運転手もイスラムの方が多いようで
トラック模様もそれ風






給油のため一度停車した以外は走りっぱなしだったので、

出発から5時間ほど走ったところで、いつものようにランチが出来る場所を探す。

 

ある町の中にビールの看板、そしてテーブルと椅子が置いてあるのが目印の「飲み処」があったので、敷地にバイクを入れ停車。

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お客さんと、ただ座っているだけの人達?(こういう方がアフリカは凄く多い)が一斉に私に注目する。


ヘルメットを脱いで、店に近付きそこにいる人達に挨拶すると笑顔で返してくれるのでほっとする。

 

コーラを注文したら、ファンタが出て来た(笑)

 

手持ちのパンとビスケットをジュースで流し込むように食べ、

会計をして帰ろうとすると、隣のテーブルにいた初老の男性が

声をかけてくれジュースをおごってくれるという。

アフリカに来て依頼、人におごってもらったことは初めてだ。

日本から来た私に歓迎の言葉をかけてくれ、これからの道のりなどについて話す。

この方は町の役員をされている方で、

元ボクサー?で、今はボクシングのトレーナー指導者をしているという。

名前を聞かなくて失礼してしまった。

 


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皆さんに手を振りながら店を後にする。


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道中ずっと続くヤシの木街道







ベナンシティ近くになったところの街中で道に迷いバイクを停車させているとわざわざ向こうから声をかけてくれ

「困っていることがあれば手伝いますよ」

と、多くの方が言ってくれる。

小遣い稼ぎのためでも何でもない、心からの親切で言ってくれている。

 

ホテルを探していると言うとバイクタクシーの兄ちゃんが

案内するよと言ってくれる。

私が調べてあったホテルの名前を告げてそこに連れて行ってもらったが、つぶれていたようで玄関の鍵が閉まっていた。

 

そしてそのバイタクの兄ちゃんオススメのホテルに行くと、

値段も5000円ほどだというのでチェックイン。

インターネットも使い放題、プールもある、ホテルスタッフも皆、フレンドリーで気持ちが良い。

またホテル内のレストランに中華のメニューがあり、結構美味しかった(嬉)

 

【ロイヤルマーブルホテル 5000円/素泊まり/インターネット、お湯シャワー、TV、エアコン】

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ベナンシティの街中







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街中の歴史ある?商店街






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ホテルのプールでは沢山の黒人の方が楽しまれていた






子供インタビューだが、ナイジェリアの街中は、ポリス、軍隊、宗教の関係もあり、

易々とその辺の子供に声をかけてビデオを回すといった行動がしにくい。

間寛平さんもアースマラソンの時、中央/西アフリカ地域では彼のギャグの腰を振ることも出来なかったそう。

 

ホテルスタッフに子供インタビューの主旨を話し協力をお願いするが

時間が遅かったこともあり、無理ということだった。

うーん、残念。。

 

明日はベナンへの国境超え、実質の首都コトヌーを目指す。





【ナイジェリア】オゴジャ~アブジャの旅

2011年3月18日(金)/19日(土)

 

朝、7:00前にバイクに荷物を積み込んでいるとフロントの女性が私にお金を差し出す。

停電で迷惑をかけたので一部、返金するという。

おお、かなり誠実なホテルじゃないか!^^(笑)

 

ホテルの関係者の人だかりが見送ってくれる中、出発。

今日の目的地アブジャへの途中の経由地「マクルディ」はどっちと聞くと、

この道を

 

「ゴー、ストレート!」

 

と言うがすぐに分かれ道になったので、

そこで人に聞くと今度は違う方向を差し

「ゴー、ストレート」「ストレート!」

という。

 

そして

 

「曲がるな」「ずっと、まっすぐだぜ!」

という主旨のことを言う。

 

しかしその先では、

 

「ここを曲がって、その先はゴーストレート!」

 

と言う。

 

また、タクシーの運ちゃんに地図を見せ、

私が行きたい道を指差し、この地図の道はこの通りでいいのと聞くと、

「そうだ!」という。周りの人もそうだという。

 

その道を走ると明らかに違った(笑)

しかし、皆親切に一生懸命教えてくれるので有り難い。 

 

結局、通りたい道ではなかったがマクルディの街に入ることが出来た。

ここは結構大きい街なので次は首都、アブジャへの道を探さないといけない。

道端に停車し、人に道を聞いているとバイク乗りの男性が割って入って来た。

 

「私が道を教えますのであなたは去って下さい」

 

と私に道を教えてくれていた人に言う。

何モンだ?と思っていると

私はイミグレーション(入国係官)の人間ですと言い身分証明を私に見せた。

 

私にパスポートの提示を求め、確認するとアブジャまでの道が判るところまで案内すると言ってくれる。有り難い。

「この先がアブジャへの道です」

と言うのと同時に、ちょっとオフィスによってボスに会って下さいと言い、

再度パスポートを求められ、コピーを取るという。

賄賂等の要求はなかったが拘束された時間の長さと権力を

行使されている圧力にはやはりストレスを感じる。

ただ、やはり私が日本から来たことを改めて話すと地震・津波のことについて哀悼の意を表してくれ

それ意向、かなり親切、丁重に扱かってくれた。

 

日本に住む外国人が、警察に呼び止められたり、

職務質問を多くされたりする時の彼らの気持ちが
いやというほど理解出来るようになった(笑)

 

小一時間ほどロスとなったが、気を取り直しアブジャへ向けて出発。

道は相変わらず一部アスファルトが剥がれいているが基本的には状態が良い。

途中、アクワンガという町で休憩させてもらい大瓶のコーラとドーナツを買った。

45円。安!ナイジェリアは他国に比べ物価が安い。

 

この町を過ぎると首都へ向かうバイパスになり、まるで高速道路のようになってきた。

 

アブジャの中心まであと10キロほどで急に渋滞が激しくなる。

 

高速道路が作られたのはいいが、その道の両脇に、町、村が変わらず存在するので、

その住民のバイクが道を逆走するわ、中央分離帯でモノを焼いたりしているわ、道が

生活の場となっている(笑)

また渋滞の上に運転が荒い&整備不良の車両が多いため接触事故、追突事故が多く

渋滞に輪をかけている。

 

ちなみに運転の荒さは、私の独断と偏見だと下記の通り。

 

1位:ルアンダ(アンゴラ)

2位:アブジャ(ナイジェリア)

3位:ヤウンデ(カメルーン)

4位:キンシャサ(コンゴ)

5位:三河(愛知) (笑)

 

アブジャの中心に入るといきなり

「スカスカの大都市」

になってきた。いわゆる計画都市だ。

確か20年ほど前?にラゴスから首都を移転してきたので、

人工的な作りの街になっている。東京で言うとお台場の作り始めみたいな感じ。

道は良く走りやすいが人気の無い所にドーンとビルがあちこちに立っている。

無気質感が広大に漂う。

そんななかまず目を引くのが、巨大なモスク。

このナイジェリアは歴史的に北部はイスラム教を受容してきた地域。

予約してあったシェラトンホテル内に入るとエジプト航空のオフィスが入っており、

夜8:00頃前を通りかかると事務所内で従業員達が床に頭をつけてお祈りをしていた。

街のネーミングもイスラムの影響を受けているものが多いようだ。

 

【シェラトンホテルアブジャ 13000円+諸税/素泊まり】

 

ホテルにチェックイン後、床屋、買い出し、ライディングパンツの股が破れてしまったので補修屋さんがあったのでそこで直してもらた。

全てホテル内で済ませることが出来たので楽。

 

アフリカに来て床屋はケープタウン以来、二度目。

元々、レース時代に一気に増えてた白髪を染めないので沢山出て来た。

今後は銀髪の長髪で通そうかな、と思うほどイメチェンだ!(笑)

 

このアブジャへ来た目的の一つにトーゴと、ベナンのビザを取得するためだったが、

アメリカンエキスプレスに頼んで聞いてもらったらこのアブジャにはなく、

ラゴスまで行く必要があるということが判った。

 

アブジャでは二泊することにした。

翌日、朝から事務作業をこなしているとホテルのビジネスセンターで

声をかけて来る白人男性がいる。

「外に置いてあるBMWのバイク、君の?」

「そうですよ」

「会いたかったよ。私もバイクのツーリングライダーで昨年の5月、

日本からスタートしてユーラシア大陸を横断して今、アフリカを走っている」といい、

ホテルの裏でテントを張ってキャンプをしているので話しをしに来ないかという。

 

作業が一段落したところでホテルの裏庭に伺うと、数名いらっしゃった。

声をかけてくれたサイモンとモニカのオーストラリア人夫婦(50代)と

車で一人旅をしているイギリス人のパベル(30代)、バイクの洗車で出かけていて

会えなかったがメキシコ人のイヴァンのテントがそこに張ってあった。

 

皆、偶然同じ方向を走っているので適当な場所でたまに行動を共にしているのだという。

 

私が走って来た道のりの情報を彼らは欲しく、

私は彼らが走って来た道を行くのでお互いこの情報交換は大変有り難い。

特にはトーゴとベナンのビザは彼らは国境で取って来て問題は無かったというので私もそうすることにした。

そしてまた、日本が大好きのモニカがもう使わないからと、西アフリカセーファーフランの小銭を

くれたので、私もちょうど持ち合わせていた中央アフリカセーファーフランを上げた。お互い嬉しかった。

 

私はこれからの道は特に問題になるところはなく、道に関しては気が楽だが、

彼らはこれから心臓が飛び出るような過酷な道を行かねばならない事がわかると

結構、ナーバスになっていた。(苦笑)

 

ただ、サイモンとモニカのオーストラリア人夫婦は初めからコンゴ近辺は走行しない予定で、

このアブジャからバイクとともに飛行機に乗ってジョハネスブルグまで行くと言う。

・・それもある意味、正解だと思う(笑)

 

皆と連絡先の交換をし、サイモン夫婦とは私が来年オーストラリアに行く時に再会する約束をした。


そう言えば、このアブジャのホテルに到着しメールをチェックすると、
私のホームページを見て知ってくれた日本人ご夫婦のタカオさんからメールが届いていた。
フランスヴィルで出会ったアメリカ人父娘とロテテで出会ったオートバイをトラックの上に積んでいたドイツ人ライダーと一緒にいると言う。
皆、私とは反対周りにアフリカを走っているので一緒に行動する人と出会えることが多いようだ。

私はいわゆる、時計回りで走る車を含めたオーバーランダーと会ったことが無い。 

今後も孤独な旅は続くことだろう。


DSCF3262少し街を離れると藁葺き屋根の集落が点在し始めた。






DSCF3275特徴は壁が完全に円形なこと







DSCF3278







DSCF3281このタイプのダンプが多いです







DSCF3288アブジャの名物でもある大きな岩山の麓にも村がある






DSCF3291ナイジェリアに入ってから水牛を多く見るようになった







DSCF3295マクルディの街中







DSCF3298アブジャへ向かう田舎道

道の状態はGood!





DSCF3299選挙があるらしく、そのデモ集会でスゴイ渋滞が起こっていた。

45)選挙区らしく村の家に張り紙が。

世界中やることは一緒だね。





DSCF3300この店でランチを取らせてもらった。







DSCF3303アブジャに近づく高速道路は大渋滞







DSCF3304選挙候補者の顔を貼って走る車。

候補者の顔をプリントされたTシャツを着ている人が多いのも中央〜西アフリカの特徴




DSCF3305アブジャの街が遠くに見えてきた

人が住んでいないせいか一気に渋滞が終わる




DSCF3307巨大なモスク







IMG_2819ホテル内のレストラン

イスラムの人を多く見かける











IMG_2830派手なコスチューム(?)トカゲが多い(笑)












IMG_2834サイモン夫婦(両端)とパベル(中央)








IMG_2838ホテルの裏から見えるビル群

開発途上とはいえ、今後何年かけて都市機能を充実させていくのだろう?




IMG_2841ホテルの外観

バイクを入り口正面に置かせてもらった





IMG_2842ホテル内のアーケード





マンフェ(カメルーン)~オガジャ(ナイジェリア)の旅

2011年3月17日(木)

DSCF3257これなんでしょう?












実はコンゴの商店で「チョコレート下さい」

といったら売ってくれたものです。

チューブに入っていて吸うのです。

マンフェの夜、ホテルのTVのニュース(CNN)では
一日の半分ほどは日本の地震のことを流している。

偶然、サッカーの番組で試合開始の時に、
日本を支援する主旨の文面を書いたサインが
ピッチに置かれ日本を哀悼するセレモニーが行われていた。
思わず泣けた。

朝、マンフェを6:45ごろ出発。


DSCF3258

2キロほど走るとすぐにダートになった



 



さあ、これからフランスヴィルで出会ったアメリカ人が言う、

 

「最悪の道」の始まり、始まり~(苦笑)

 

アフリカの悪路の総仕上げと思うと固唾を飲む。

 

ところが行けども行けどもそれほど酷くない。

途中、スゴく地面がエグレている箇所がいくつかあり4輪だと

凹凸が激しく確かにきついだろうと思うがバイクだとラインを選べば大丈夫だ。

ラインを外すと転倒につながりそうだが。。

 

そして、いつもこの旅をしていて思うことがある。

 

「何かに守られている」

 

ということを常に感じている。

 

分かれ道があり迷いそうになると前から車が走ってきて、行き先がわかったり、

誰か、バイクが後ろから抜いて先導してくれないと思うと、地元のライダーが

登場したり・・。

 

沢山のお守りと、多くの方の祈りが私を守ってくれていることを
辛いシーンになる度に特に思う。

 

ダート70キロ中、ラスト20キロの路面が厳しい状態だったが、

雨が降らなかったのと前述の地元ライダーが先導してくれたお陰で
無事、8:30ごろ国境のEKOKに到着。

 

マンフェ出発から1時間45分だった。

総じて感じたことは道の状態や、移動時間に限って言えば、

このカメルーン人達が言う情報はかなり信憑性があった。

(結構、他国の方の多くはかなりのプロブレム(問題)でも

「No,problem」を連呼したり、6時間かかるところを3時間でいけるといったりする人もいる)

 

エコクの町でイミグレーションでパスポート、

カスタムでカルネにそれぞれスタンプを押してもらうと、

両替商が声をかけてきた。

良心的なレートで、中央アフリカセーファーフランからナイラに換えてくれた。

 

(コンゴ、ガボン、カメルーンは中央アフリカセーファー、カメルーン通過は「ナイラ」)

 

ただ、私は勘違いをしていたのはこの先、向かう、

ベナン、トーゴ、マリ、ブルキナ、セネガル等も

「セーファーだよ」と聞いた事があったので全額換金しなかった。

 

でもよく調べると、同じセーファーフランでも、

この先の国は「西アフリカセーファーフラン」だと判り、

どこかで両替しないといけないと少々、焦っている。

 

カメルーンの国境を過ぎ、次は100mほどある橋を渡った先の

ナイジェリアの国境オフィスに行く。

イミグレーションでは入国目的を記入する書類を3枚も記入する必要があり、

パスポートの確認のために、3カ所ほどの小屋をまわりその担当者と面会する。

一人だけ「何かお土産頂戴」と。

セーファーでも、ナイラでも、コカ(コーラ)でも、ビアーでも・・という。

100円ほどあげると大喜びされていた。

 

ここナイジェリアはカルネ加盟国でないので残り少ないカルネ手帳は使えないので、

車両一時入国許可証を作成してもらった。これは50ユーロとかなり高い。

今考えればこれはもっと値切れたかもと思う。

 

さあ、ナイジェリア入国!

 

「ハロー!ナイジェリア」

 

といつものように叫ぶや否や、いきなり検問。

ここもイミグレーションだという。

パスポートチェックだけだったが、

その後も数キロ先ですぐに停められた。

 

とにかくナイジェリアのポリスストップは多く、

ガボンやカメルーンのように「バイクはスルー」とはいかないところが多い。

 

DSCF3259ナイジェリアも景色が良いところが多い。








さて今日はどこまで行けるか・・と考えながら走る。

オゴジャという町に入るとポリスストップも無くなり、

落ち着いた雰囲気になってきた。

ガソリンスタンドがあったので、町の情報を聞くことも含め、

給油のために入る。

 

ガソリンを入れてもらっていると物売りの子供達がやってきた。

バナナを一房買う。

60円くらい。

 

あと、孤児院(だと思う)へのチャリティのために募金を願う子供も来たので、

日本の悲劇のこともあり、このチャリティを無視出来ず、僅かだが小銭を提供。

 

このガソリンスタンドにちょうどいい休憩スペースがあったためランチ代わりにバナナを

食べさせてもらっているとその付近にいた人達がとても親切にしてくれた。

 

時間を確認するとすでに13:30。

マンフェからもう相当走ってきているのと、次の中核都市マクルディまではまだ5時間ほどかかると言う。

 

「この町に良いホテルはありますか?」

 

と聞くとホテルまで案内すると言ってくれるバイク兄ちゃんがいたので、行く事にした。

遠くから、

「お、あれか!」と思えるきれいで新しいホテルが見えてきた。

 

まさにその建物の入り口から入場し、

レセプションでチェックイン。

 

 

「ここはこの町で一番良いホテルです」

という。

 

部屋を確認すると、

DSCF3261最新型のTV、
エアコン、
冷蔵庫、
扇風機、
多くの照明機器が設置されていた。

 

インターネットはないというがまあ仕方がない。

 

値段を聞くと、4500円。
気に入ったので泊まることにした。

 

さて、バイクから荷物を全て部屋に運び込み、
ほっと一息ついて作業を始めるために、

各種電気をつけようとスイッチをいじるが、反応がない。

全ての電気機器に反応がない。

日本の事が気になるのでTVもつけたい。

 

フロントへ行き、電気がつかないよというと、

 

「電気は18:30からです」

 

面白いことを言われた(笑)

 

日本のように電気は通っておらず、ホテルで発電機を持っていて
それを始動する時間が決まっているらしい。

 

部屋は十分な光量を得られる窓の設計になっていないので、
懐中電灯を使いながら作業をする。

 

ドアをノックする人が来た。

「バイクの洗車はいかがですか?」

「値段はいくら?」

「いくらでもいいですよ」

ということでしてもらうことにして終了後、500円渡すとまた大変喜んでくれた。

 

何度か催促したこともあり、18:30ぴったりに発電機が動き出した!

暗かった部屋の電気が「一部」、明るくなった。

いくつかの照明機器はついていない。

 

照明機器が部屋に置かれているが、コンセントのコードがないものが一つ。

電気が始動し始めたとたん、バチ!!といってそのまま切れたものが一つ。

最初から点灯しない壁のライトが一つ。

 

TVはというと、電気が暗くなって電力が低下し始めると、

冷蔵庫、エアコン、扇風機と同時に使えなくなった。。

 

一つの電灯だけついている。

 

そして、全ての停電と、回復の繰り返しがこの一晩で10回ほどあった。

 

夕食を頼んであり部屋に持って来てくれたが懐中電灯を使いながら食べる。

食事はチキンかフィッシュかを聞かれたので、
マンフェの夕食がチキンだったのでフィッシュを頼んだ。

魚は太い骨がめちゃくちゃあるものだったが味付けは美味しい。

ただ、味が濃く、辛い!

 

パソコン他、充電したいものがあったが、手持ちのコンセントケーブルを壁の穴に差した瞬間、

バチ!!

とショートする音と共に、少し焦げ臭くなったので、
PCにつなぐのは辞めた。

携帯の充電も切れるところだったが明日の出発とともに
バイクから充電することにする。

 

そんなことなので、早く寝る事にする(笑)

【カメルーン】ヤウンデ~マンフェの旅

2011年3月16日(水)

「ダート(一部、悪路)60キロを含む500キロの移動の日となる」

 

ヤウンデのホテルを7:00に出発。

DSCF3230
朝もやが美しい景観を作り出す。





 すぐのスタンドでガソリンを入れ、まずはバフサムへ向かう。

 

バフサムは大きな街なので、

そこまでの道のりに時間がかかったりしたらここで泊まろうと考えていた。

 

バフサム手前、

バンジョンという村は「王宮」があるところで観光地らしく、

地域の町並みもちょっと雰囲気が違う。

 

ヤウンデからバフサムに近づくに連れて大きく立派な家が増えてきた。

DSCF3232

ホテルなのか、王族の屋敷なのか不明だが

お城チックな立派な家を沢山見る事が出来る。





王宮の村の入り口を発見したが、

今回は先を急ぐのと、特に興味がない(?)ので通過することにした。

 

10:30頃、バフサムに到着。

時間に、まだ余裕がある。

今日の移動をここで終了させるのは無論もったいないので

次の街、バメンダへ向かう。

 

バフサムの街の中心に大きなロータリーがあり、

バメンダ方面がどっちなのかバイクを停めていると

横のガソリンスタンドの警備員らしき人が声を上げ、手招きしている。

 

近寄っていき挨拶をして、バメンダの方向を教えてもらう。

その次はバイクのことについて質問攻めにあう。

あっと云う間に人だかりが出来、

周りで私のバイクについていろいろ討論会が始まる(笑)

質問は、

 

バイクの値段は?

 

馬力は?

 

メーカーは?

 

それはGPSか?

 

・・なんだ、かんだ。。

 

またこの警備員のおじさんがバメンダの後はどこに行くんだ?と聞くので

マンフェだよ。と答えると、

 

だったら、バメンダまで行ったらまたここに戻り、

ドゥアラ(ものスゴい遠い都市)まで行き、

そこからマンフェに向かわないといけない。

バメンダからマンフェに直接行く道はない。

またはあっても凄く酷くて走ることは不可能。

という。

 

唖然。・・そ、そんな。。

 

頭を抱え、そんな情報聞いてないという話しをすると、

周りの人だかり中の何人かが

 

「大丈夫、今はその道は行けるようになった」

 

と言い出してくれて、この警備員も

「やっぱり行けるって」

と(笑)

 

情報の得方について改めて慎重になろうと感じた。

 

出発するためにエンジンをかけると、

この警備員のおじさんが勝手にアクセルをつかみ、

 

ブイーン、

ブイーン

とふかす。あのね・・(苦笑)

 

そして、何故か「住所を教えて」と。

時間もないのでノー、と云うと

 

「WHY?」と。

 

こっちが「ホワイ」ですよ(笑)

 

バメンダに向かうと12:00過ぎに着いた。

ここも宿泊候補地だったが順調に移動出来ているので

最終目的地のマンフェに向かうことにした。

 

地図上でみると、

バフサムからバメンダまでの距離と、

バメンダからマンフェまでの距離が同じくらいなので、

マンフェまで1~2時間で到着出来るだろうと思ったが、

地元の人に聞いてみると4時間はかかるという。

 

どういうことかすぐに判った。道の状態が悪いからだ。

 

マンフェに17:00前に到着出来ればギリギリセーフだなと考える。

何か雨にふられるとかトラブルに見舞われたら途中の町か村で泊めてもらおう。

 

DSCF3245バメンダは高い標高の山を街の中心に持つ街。







山の下の街を眼下に一望出来るところに座り
ランチ代わりにバナナを食べていると地元のバイク乗りが話しかけてきた。

ここの人達は皆、英語で話しかけてきた。

逆に、ある一人の男性は英語は話すがフランス語が出来ないという。

 

このカメルーンは「バイリンガルカントリー」

と、昨日お世話になった横山さんに教えてもらった。

カメルーンの北西部に入るとフランス語ではなく英語圏になった。

町に立つ標識や広告もいつの間にか英語のものになっている。
 

DSCF3246峠道を走るように長く街に向かう下り坂




 


DSCF3250バイクが多いのは他の街と変わらないがデコレーションされたバイクが多く面白い。






DSCF3238 







バメンダを出てしばらく走るといくつか分かれ道があるので、

確認のために道の端にバイクを停めて辺りを見回していると

バイクの若者が話しかけてくれた。

 

「マンフェに行きたい」

と言うと

 

「ついて来て」

とジェスチャー。

マンフェまでの道が判るところまでバイクで先導してくれた。

 

そしてその先の分かれ道の部分について地図も書いてくれた。

カメルーンのバイクライダーも皆、とても親切。感謝。

 

バメンダから30分ほど走ったところからダートになった。

初カメルーンダートだ。

 

ダートといっても人工的な状態になっているところが多い。

DSCF3251相当の箇所で、そして長い距離にわたって道路工事が行われている。





中国の会社が陣頭指揮を執っているようで、

ところどころで中国人の顔をみる。

工事車両も一部は中国で製造されたものらしく、

中国語が書かれた車両が多い。

 

そして、よほどヒマなのか工事関係者が次から次へと、

苦労してダートを走っている私を停めて話そうとする。

皆、話しかけてくる言葉は英語だ。

 

一部はまだ工事が手つかずで自然の悪路が残る。

結局、バメンダからマンフェまで3時間半で到着することが出来た。

 

夕べ、ウェブサイトでマンフェのホテルを探していると、

ある日本人のブログ情報で、

 

「『ダタ ホテル』がベスト」

 

と書いてあった。

エアコンもあり、TVもあり、お湯も出る・・との情報だったので行ってみると

確かにエアコンがある部屋があるのだが今は壊れて動かないという。

シャワーも水だけだった。

 

そのウェブ情報は6年以上前のものだったので

当時はエアコンも動いて、お湯も出たようだ(笑)

情報は新しいものをチェックしないといけない。。

DSCF3254テレビのメーカーに注目。

私がお世話になったバイクメーカーと似ている。。
 

 

【ダタ ホテル8500シーファー(1500円)水シャワー/扇風機】

 

ちなみに、このホテルの受付のアフリカ人女性(オーナー?)は、

私の知人の男性にそっくりだった(笑)

その男性(S・T氏)はアフリカ人そっくりなのだ。

 

明日は国境エコクを通過し無事ナイジェリアに入国し

オゴジャ、またはマクルディに到達できたら最高!

 

夕食時にホテルの人にここからエコクまで何時間かかると聞くと、

 

車で3時間。

バイクなら2時間だよ。

と。

 

本当かな~・・(笑)

それならとっても嬉しいんだけど。

 

このマンフェ~エコク間は私のアフリカ大陸のルートで最後の悪路とされている。

天気が良く、良い思い出になることを祈る(苦笑)

 

しかしこの部屋は夜8時を過ぎるというのに暑い。。(辛)

【御礼】ジャストギビングへのご支援有り難うございますm(__)m

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この場を借りてご支援頂いた皆様へ御礼申し上げます。

今、私が日本に戻り、被災された方のお手伝いをすることが出来ませんがその分、こちらで頑張ります。一人一人が今、出来るベストを尽くすことが大切ではないでしょうか。

離れていても共に頑張りましょう。

山田達也@アブジャ(ナイジェリア)
和光小学校

世界各国の子どもたちの声をお届けします。

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