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#WORLD DREAM TOURING

“世界の子供の希望と夢を発信します”

2011年06月

【トルクメニスタン】アシガバート滞在

2011年6月29日(水)


トルクメニスタンという国は独裁国家で有名です。

ニヤゾフさんという方がソ連からの独立を決めた初代大統領で、今は二代目の大統領に変わっているのですが、政府の独裁体制は変わらないまま。

独裁国家と聞いて連想するのは北朝鮮。そこには国民が苦痛を強いられてるイメージがありますがこの国の人は政府に対して、ある種の満足をしているようです。



1朝10時に迎えに来てくれたガイドのムサさんの車で観光へ!

この旅、初のガイド付き旅行☆ 
なんと、お気楽なことか。



2街から20分ほど走るとニサ遺跡に到着。





3シルクロードの東西南北を結ぶ幹線道だったトルクメニスタンのアシガバートは古い歴史がある場所だった。




ここは紀元前3世紀のもので世界最古の農耕集落遺跡。
 

4イタリアの遺跡発掘チームが作業を続けていました。

(多くの作業員は現地の方)




5靴が真っ白に。ふかふかの変わった土。








62000年以上前の歴史の息吹き、感じますか?





このトルクメニスタンの多くの街はとっても新しい。

理由は、1948年に大地震が起きてほぼ全ての建造物が全滅した。

亡くなった人は10万人に上る。

7ここの遺跡もその地震でほぼ全てが損壊してしまったのだと。





8次に訪れたのは中央アジア最大のモスク。





9すぐ隣に前大統領と家族の霊廟があり厳重な警備がされている。





しかし、とんでもないほど贅を尽くした作り。
 

10これでもか!





11これでもか!!
・・という素晴らしいものです。




残念ながら中は完全撮影禁止です。

靴を脱いで入ります。何と20000人が収容出来る広さで、

中に敷いてあるトルクメニスタン絨毯はギネスブックに載っているそうです。

天井側面を飾る48枚のステンドグラスが美しく、その数の所以は前述の大地震があった年号に合わせ、大多数出た死者を哀悼するという。

しかし、このモスク・・デカ過ぎて(高さ55m)天井内部に10匹くらい?鳥が飛んでいました(笑)
 

124本のミナレット(尖塔)の高さは全て91m。

ソ連からの独立が1991年なのでそれにちなみ自由の象徴なのだと。






その後は官公庁地帯へ。

131415




教育省、経財省、産業省、あと、なんだったけか・・

161718




とにかく、白!白!白ーーーーー!!!!です(笑)

私は白が好きなので結構、好きでOKです。


19ラストは国立博物館。

この建物もふんだんに大理石を使われた贅を尽くしてある。

歴史を感じる素晴らしい展示品が沢山ありました。

 

ただ、入場してから、出るまで来場者は私、たった一人。

外は40℃近い気温のため広い内部はガンガンエアコンが効いていて、保安係員が10名近く、展示品を照らす照明が無数。
ものスゴイ経費だろうな。

そしてこういった建物が街中にいくつもあることを考えると国の財源を自由に使える独裁国家のなせる業なのでしょう。


20街一番の観光地ですが誰もいません(笑)





21駐車場は、ガイドさんの車のみ。





今日の街も人がすくなー。

22

車もない。





23歩行者もいない。





人はどこにいるんだろう?と思っていると、


24ショッピングセンター付近は賑わっていて安心しました^^





25内部に両替コーナーがあります。

外貨はUSドルのみ受け付け可です。




その後ランチをしながらいろいろトルクメニスタンのことを伺う。


ガイドのムサさん情報によると国民は、


電気代タダ。

水道代タダ。

ガス代タダ。

小学校~大学まで全部、タダ。。


ガソリン代、120ℓ/月まで無料

※ガソリン:1ℓ=13円!!!(←私が今まで訪問した39カ国中、最安値!)


物価は安め。

家一軒、300万円(中規模)~1000万円(豪邸?)。

治療費、退職後の年金、も充実しているとのこと。


平均月収は、300ドル(2~3万円)前後/月と低賃金である。

街はとってもキレイ。


天然ガス産出量世界4位の潤沢な財源を持った独裁政府はこのような国を形成した。
 

ソ連からの独立の快挙と、現大統領が声高に言う「自由な国家」とは裏腹にインターネットの閲覧規制のいびつさや、前、現大統領の像や写真、絵が街中に飾ってあり偶像崇拝の傾向は否めない。

また街の人口にくらべ軍人、ポリスの数が圧倒的に多い所はなんとも違和感。

ただその分、とっても治安が良いとのこと。


収入が低く抑えられている結果、国外、海外へ行くという自由さは限られているようです。


トルクメニスタン国民についてはまだまだ未知。
もっともっと知りたいなあ!
 

しかし、皆、驚くほど笑顔が少ないんですよねー(苦笑)

ガイドのムサさんと運転手のアンドリーさんは楽しい人達なので良かったがこの方々はこの街ではとっても珍しい部類。


ホテルに戻って夕食はルームサービスで。

文化の違いをまた知ることが出来ます。

まず料理についてくるのはナンではなくフランスパンになり、コーヒーはネスカフェではなく日本と同じブラックカフェに変わりました。

【AK ALTIN PLAZA 8000円】※クレジットカード不可



※インターネットはフェースブック、ツイッターはイランに引き続きここトルクメニスタンでも規制がかかり基本的に閲覧不能です。


明日はトルクメニスタンの中央部、マリへ向かいます!

ボジュヌールド(イラン)~アシガバード(トルクメニスタン)の旅

2011年6月28日(火)

走行距離:210キロ

天候:晴れ

最高気温:39.5℃

出発時間:7:45

到着時間:15:30(イランとの時差:30分)


ついにイランを離れる日が来ました。
未知の地、トルクメニスタンに向かいます。どんな国境越え、街、人が待っているのでしょうか。

 

22号線を走るのも最後。

DSCF9194人気のないところに停めて、朝の寒さ凌ぎにレインウェアを着ていると

「何か困っている?」と寄って来て撮影を。

最後の最後まで人なつっこいイラン人の方々。




DSCF9199DSCF9210トルクメニスタンに向かう道中は、一瞬、道を間違ったかと思うほどの何もない砂漠地帯を走ることも。

いくつもの山を越えて行きます。




DSCF9212こつ然と、現れる国境。

トラックの長い列がもうすぐ国境、を意味します。





思いのほか、イラン出国で時間がかかってしまいました。

カルネへの沢山の人のハンコとサインをもらうためあちこちの窓口周りが必要となります。


イラン国境を出ると、完全に隣接しているトルクメニスタン国境へ。

(どちらの国でもない緩衝地帯がない)


ここトルクメニスタンでは法律により外国人が車両を持ち込んで走行する場合、現地旅行社の同伴が必要となるためガイドさんが待っててくれる。

トルクメニスタンのビザは、そのガイドさんがこの国境まで持って来てくれていた。

国境オフィス内で、うまく落ち会えてほっとします。

誰であれ待っていてくれている人がいるというのは嬉しいもの。


さーて、ここトルクメニスタンはイランとまったく違う印象。

係官は全くと言ってよいほどフレンドリーでない(苦笑)

迷彩の軍服をがっちり着込み、笑顔をもたず冷たく?あっち行け、こっち行け、と指示をする。

私の満面の笑顔にも、吊られて笑うこともない(笑)


先人のブログで「官僚主義が極めて強い・・」と見たことがあったがまさにそんな印象。

そして、国境到着から、手続き完了し出発まで、実に2時間半。

かなり無駄な作業時間が含まれている気がする。

時間はかかったが無事、入国。


DSCF9213トルクメニスタン国境を出た所。





Good Bye! IRAN!


Hello! Turkmenistan!


DSCF9220首都アシガバードに向かう途中、荒涼とした山々を抜けていきます。

そして一気に気温が上がっていきます。




 eあれほど気候が安定していたイランの快適さは国境を越えた瞬間、終わりました。





国境の峠から山を下り続け一時間ほどするとアシガバードの街が見えて来ます。

前情報で聞いていた通り、街は


「白一色」これには本当にびっくり!!


きれい、と少々気味が悪いのと、でも斬新で良い気もするのと、複雑です。。

DSCF9231DSCF9230DSCF9234





DSCF9235DSCF9239DSCF9242





街は、完全に計画都市的な作りになっているようです。

街を歩く人が少なく、寂しく、なんだか異様な?感じが。。


女性がスカーフをかぶってない!そして肌を露出している!!

珍しい~、・・って完全にイラン人になっています(笑)


街を走る車を見る限り国民(少なくともアシガバード市民)の暮らしは悪くないように思います。

イランではほとんど見なかった、BMW, メルセデス、新しい日本車、が沢山走っています。
このトルクメニスタンも謎に包まれた国というから、私にとっては逆に楽しみです(笑)


明日は、アシガバードの観光をします。

そして子供インタビューは滞在中どこで出来るのでしょうか・・!?

【イラン】ボジュヌールド滞在

2011年6月27日(月)

イラン最後の日になりました。
事務作業を終え、午後から観光に出ようと思います。

前日、フロントでツーリストマップがあるか聞くと、無いという。
そして今日、観光名所を教えてというと、ホテルスタッフが数名集まり、なにやら話しあっている。
・・ん~? なんなん? 何がどうしたっての?

インターネットで調べ始めたり、スタッフ同士が言い合いをしてたり・・。
結果、30分ほど待ってから、ホテルのボスが来て、街のミュージアムありますよと言い、私のiPhoneのマップで場所を教えてくれた。

早速、その場所にバイクで向かい到着すると、そこはライフルを構えた衛兵がいる軍の施設だった。。
正門前にバイクを停車させたると、ライフルをもった衛兵が不穏な動きをする。

ヤバい。撃たれる!(笑)

とっさに、逃げるようにバイクを発進させた。

もう=、全然、違うじゃーん・・。

一応、裏手にも廻ってみようとするがこの施設が結構、大きい。
ぐるーっと廻って博物館らしきところを探す。

1まったく観光名所がある気配がない。






小腹もすいたので食事でもしながら近所の人に教えてもらおうかなと思いバイクを停める。
すると前から、イランではおなじみの声かけの車の方が反対方からわざわざUターンをして横付けする。

少し会話をすると、感じの良い人だったこともあり、まずはレストランに一緒に行こうとなった。

店に一緒に入り、話し始めると私と同じくらいの英語力なのでお互い話していてストレスはない。(僕だけか?!)
とっても愉快で良い人でウマがあった。

彼の名前は「レーザ・ラム」さん
レーザー・ラモンっぽくて覚え易い。

いろんな話しをした。
私がイラン滞在最後の日なので沢山イランのことについて質問させてもらった。

ちなみにこの街には特別、見所はないとのことでした。(苦笑)

インターネットの規制のこと。
女性のかぶりもののこと。
政府のこと。
イランの歴史。
イランの人々。

びっくりしたのはイラン人は極々、一部の人を除き、

アメリカがキライでなく、

逆に好きな人が多いという。

いろんな情報にいやというほど反米感情・・と目にするがまったく違った。
特に彼はオバマが、大好きでラスベガスに行きたくてしょうがないと言う。
よくMTVを見ているとも。

インターネットやTVのメディア規制がかかっているのにMTVをはじめ、USA系の情報をどうやって見るの?というと、
皆、ちゃんと「アンチフィルター装置」を使っているんだとか。
なので、本気で見たい人は何でも見れているんだよと。

政府のこういった規制にイラン人の方の感情を尋ねると、
boring(うんざり)という言葉を使う。
以前の街で出会った家族は、
hate(ひどく嫌う)という言葉を使っていた。

30年前に起きた革命によってイランはとっても不自由な国なったらしい。
それまでは国民は自由に生きていられていたとのこと。

イラン人の車の運転の荒さは、自由をもがれたストレスだと私は結論づけた。
そしてとても外国人と話したがり、外の情報を欲しい理由も納得できる。
彼らと話す時、日本のことを私に聞く事よりも、自国についての厳しさを訴える内容が多いことを考えると少しでも外国人へ語って廻り回って、イラン政府へ改善に繋がることを願っているような気もする。
私に訴えたところでどうなんだろう?とも思うが、事実こうしてブログでイランの状況を発信している自分がいるわけだから、彼らの祈りが僅かでも通じているのだろうか。

そうそう、アルダビールの人に引き続き、レーザさんにも例の志村けんについてきいてみた。

山「日本人のコメディアンでとっても有名人の志村けんって知っている?」

レ「知らない」

レ「日本人で有名って言ったら、ほら映画監督の・・」

山「北野武か?」

レ「いや違う。」

レ「AKIRA KUROSAWA だよ。」

・・と。私が聞いた二人は、まったく同じ会話だった。

私のレベルとイランの方の崇高さが判った気がした。(笑)

食事後、レストランを出てレザさんの店に向かうことにした。

0街中で。
ユニセフ?の募金箱。
街のあちこち、ホテルの入り口にも必ず設置してある。




レザさんは5人の従業員を持つ車のチューンナップショップのオーナーだった。
2何故か、写真に映る時、アフリカからスマす人が多いんだよね。
僕はいつも笑ってばかりなんだけど。





彼がバイク乗りでもあり、モータースポーツが大好きということで話しが盛り上がる。

3世界共通でさらに盛り上がるのは異性について。
大の日本女性好きだとか。





4彼は私が大好きな徳永英明さんにソックリ!






5
トルクメニスタンで行う予定だったオイル交換をここで行うことにした。
とっても助かった。





そうそう、このオイル交換する工場の中で盛り上がったのは

「おしん」

20年前にイランでそれはもう超がつくほど爆発的な人気になったらしい。
なんでもかんでも「おしん」がついたんだって!

おしんレストランに、
おしんベルト、
おしん靴、
そして,

おしんオイルまで(笑)

ほんと、街は「おしん」一色だったらしい。
カスピ海で撮影している時も、高齢の方が開口一番、「おしん!」と私に言い寄ってきたくらい(笑)

その後も、もっと一緒に遊ぼう!とか夜、時間があればどっかに行こうよと誘ってくれたがちょっと疲れがたまっていたのでとても残念だったがそこで別れてホテルに戻った。

6部屋の中の注意書き。
ペルシャ文字は右から書くのですね。





ホテルフロントで宿泊カードに記入している人も右から器用に書いていました。(当たり前か)

翌朝の出発が早いので今日のウチに清算を済ませておこうと思いフロントへ。
ちょうど、支払い金額に対し、少し不足したくらいのイランリアルが残っていたので、それを全て払い、残りをユーロで支払おうとしたら、イランで初めてユーロは受け付けないと言われる。
すったもんだの結果、ユーロでなくドルで支払うことになった。

イラン最後の日も充実した日となりとっても嬉しい気持です。

今回の旅で心底感じたことは、事実とイメージは全く違ったんだということです。

どれ程、私達はメディアによってある種のイメージが植え付けられていたかということ。
イランと言えば、核開発、ブッシュ前大統領による「北朝鮮と並ぶ悪の枢軸」発言、イラン・イラク戦争、独裁的、過激な法律、など国際社会から逸脱した国家などと記憶に残る、いや擦り込まれている。

実際に、現地の方とふれあい、私はイランが大好きになった。

多くの人はピュアで、素敵な笑顔を持ち、思いやりがあり、人を助け、先進国に憧れ、純粋に尊敬する、そして向上心があり、夢を持っている・・、そんな素晴らしい人達ばかりだ。
人間として幸せを求める気持ちの強さ、それが向いている方向は私たちと全く同じなんだと感じた。

「お金がないから行けない」
私が「是非いつか日本に来て下さい」と伝えた時に決まって答えられた言葉です。

自由と豊かさを手に入れ、イランの方が日本に沢山、訪問して欲しいと願う。



※インターネットが繋がったり切れたりなのでブログのアップが旨く行きません。
遅れてのアップとなります。
ご容赦下さい。



【イラン】ゴルガーン~ボジュヌールドの旅

no title2011年6月26日(日)

走行距離:320キロ

天候:晴れ

気温:28℃

出発時間:8:15

到着時間:14:00





今日はいよいよイラン滞在、最後の街となるボジュヌールドへ向かいます。

地図上にはトルクメニスタンとの国境が目に入ってきます。

イランを離れる実感が湧いて来ると少し寂しい気持ちにになります。


1工事中で穴だらけだったホテルの玄関で、スタッフ男性陣が見送ってくれる。

しかし、みんなイイ表情だよね~。





2-1そうそう、イランの方はピクニック好きに加えてキャンプ好き。あ、同じようなもんか。

皆さんいろんな所でテントを張っています。

街でテント屋さんも沢山見かけます。

ちなみにここは幹線道のドライブイン。


2

イランのモスクは、純粋な尖塔ではないんですねー。

途中に丸みがある作りになっていて、金ぴかを凝らしてあるものが多いです。





3ドライブインにバイクを停めると一気に人が集まってくる。

写真は一息ついたところ。





4タダで出してくれるチャイが旨ーい♪

いつも角砂糖が付いて来る。

イランの方は角砂糖を一つづつ口に含みながら、チャイを味わいます。

糖尿になる方が多そう。

実際、ここで働いている人は、子供も含めて肥満気味・・


5出発する時、ここで働いている子供が集まって来た。

イランの日曜は平日なので、この子達は学校に行っていないのかな。

この辺りまで来ると、英語を話す人はほとんどいないので全部、ジェスチャーでコミニュケーション^^



そいで、イランは不思議なモノが、もう一つ。

洗濯モノか、古着のフリマなのか、わからない場所がある。

6

これ、これ。

干してあるだけ? それとも展示?





7これだとただの洗濯干しだと思いますが、






8商店の入り口にも沢山。





それから、写真が無いのですが、人が沢山集まるピクニックの脇で広大に衣類が吊ってあるエリアがありました。


10全長160キロに及ぶゴレスタン国立公園を突っ切る22号線。






11長く続いた原野と山道を過ぎ、一気に下っていく坂が終わる頃、ボジュヌールドの街が見えてきました!




この街の先にトルクメニスタンが待ってるんだ。


【NEGIN HOTEL 525000リアル(3700円)】


ここで二泊し、ユーラシア大陸後半戦の準備を万全にします!

【イラン】サーリー〜ゴルガーンの旅

2011年6月25日(土)

走行距離:150キロ+40キロ(外出)
出発時間:9:30
到着時間:14:00
天候:晴れ時々曇り
気温:23℃

イラン滞在もカウントダウン!
今日は観光してないサーリーの街を離れ、さらに東の街、ゴルガーンへ向かいます。

0サーリーのホテルの部屋の角。

イスラム圏のホテルはこれが多い。

聖地、メッカの方向を指しているのでしょう。







1珍しく、アメリカのニュースを含めた「ユーロニュース」がやっている。
イランの北端、そしてだいぶ、東へ来ているからなのかな。

 




朝、チェックアウトしてバイク置き場に向かうとバイクにカバー代わりにビニールシートをかけてある。夕べは雨だったから、そうしてくれたんだ。ホント、優しいなあ。

2ホテルを出ると目の前の交差点は大渋滞。
不思議なのは、前走車の割り込みに対しては皆、寛容で誰もクラクションを鳴らさない。




3今日の天気はこんな感じです。
目が覚めた時は、快晴だったのですが、走り出すと雲が増えてきました。

このまま、もってくれよ〜。



4荷台がもぞもぞ動くのでなんだと思ったら人が起き上がってきた(笑)

イランだけに、ペルシャ絨毯を積んだ車を沢山見ます、




5まず、こんなおじさんを見かけます、






5-1はい、その先では、こんな販売所があるのです。

日本だったら看板を置くのに、イランでは禁止なのか、盗られてしまうから?




6ガソリンが究極安い!(トルコの1/4〜1/5)、のは良いのだけど、どこのガソリンスタンドもコミコミ。
 





雨のカスピ海もイイ・・なんて言ってたけど・・やっぱ、晴天時に訪れたい!(^^;)
最後のチャンスと思い、海岸に最も近くなったところで幹線道から外れ沿岸に向かう。

6−1ついに青空の下、静かで、優しい表情のカスピ海に会えた。







三脚を立てて撮影をしているとどんどん人が集まって来る。
子供も、大人もバイクと私が珍しいみたい。
867







子供の笑顔、最高に可愛いでしょー!(^0^)


 

今日の私への「声かけ」は、今までで一番多かった!

910バイクは全てと言っても良いほど、私の前に行ったり真横を走ったりしてから、挨拶をしてきたり、話しかけてくる。




車からは、「Where are you from!!」と叫んでくる人の嵐@@ 
その数、数十台です(苦笑)

【AZIN HOTEL 5700円】
ホテルにチェックイン後、ゴルガーンの名所を聞くと、

「建造物 o r ジャングル?」 と聞いてくる。

ジャングルう〜? あ、そこ行きたい、行きたい。
という事で教えてもらったところへ向かうと、

東京で言えば、

秋川渓谷。

私の故郷で言えば

岐阜公園。(笑)

全然、ジャングルじゃない(笑)

でも、自然の中を走るのがとっても気持ちよかった☆

12山の中腹の家屋とその前の道。

水溝が中央に配備されている。




ちなみに、この自然公園に入った途端、地元の暴走族っぽいバイク二人乗りが二台、私を見つけた途端凄い勢いで追いかけて来る。

そして、すぐ私の脇を抜いていき、目の前でローリングをしている。

目つきも、顔つきもヤバそうな奴らだ。

半袖Tシャツからの腕には大きなタトゥーが見えている。

今度は二台とも私の後方に廻る。

さて、どうするつもりかな?と静観しながら走っていくと、

先が分かれ道になっているところへ出た。

その手前でどっちかなと思い停まると、

「こっちだよ〜」

と道を教えてくれる親切な奴らだった(笑)


12−1山にツーリング?に来ていた家族。

後ろから見た時は二人乗りと思っていたが、隣に並ぶと小さい子?ベイビー?が前に掴まっているではないか。

英語を話さない方だったが、停まって少々会話を。

13イランの方は、ピクニックがだーい好き!!!

典型的なレジャーだそうです。
特に金曜日のお休みの日はあちこちで見られます。



14幹線道脇の歩道でも。






15ホテルの駐車場でも!






17イランの教習車。目立つな〜。







いつものごとく早めの夕食。
最初に入った食堂がもう閉めるところだったので、そこの店主に教えてもらった店に行く。

18大体、どこもこんな店構え。







1920そしてこれがイランのハンバーガーです。
フランスパンとコッペパンの中間のようなパンに具がはさんである。
大きいパンの中に中ぐらいのパンがそれぞれ具を入れて、「入り子」のように入っている。

これで、20000リアル(140円)。 結構、お腹いっぱい。

コ、コーラはコミニュケーションの行き違いで来てしまいました。。(汗)


イランのホテルの手配について話します。
いつも無理なお願いを聞いて頂き、ホテルを探してもらっているアメックスさんのご好意に甘えまくっていましたが、ここイランではそれが叶いません。なんでも米国政府によるイランに対する経済制裁による社内規定の関係でイランでのホテル検索が出来ないようです。まあ、イランでは全てのホテルでクレジットカードが一切使えないので当然のことです。

で、日本の私の会社のスタッフや、家内に手伝ってもらったところ、在日のイラン観光局というところの方も、とーーーーっても親切(家内談)だそうで、そちらからホテル情報を送ってもらっています。

イランの皆様のこの親日さに慣れてしまったら、この先が怖い気もする(笑)

【イラン】チャールース~サーリーの旅

2011年6月24日(金)

移動距離:190キロ

天候:雨

気温19℃

出発時間:8:45

到着時間:13:15

バイクオドメーター(全走行距離):38100キロ


イランの金曜は休日でお休みのところが多いです。

思えば、イラン到着日が金曜だったので、もう一週間が過ぎたんだなーと今、驚きました。

現段階でのイランの印象は、想像以上に居心地が良い♪

多くの規制に対して違和感はありますが、一週間の滞在ぐらいだとそれも観光気分で楽しめます。


ただ居住・・となったら話しは全く別ですが(笑)



そー、しー、てー、今日は、


大雨。。(悲)


昨日ほどの嵐ではないですが、しっかり、


ざーざー
 

DSCF9041降っています。(苦笑)





朝食はレストランで充実したビュッフェを戴きます。

そこでは音楽がかかっていて、イラン音楽以外のクラシックやポップス系も流れています。

すると耳になじむ曲が流れてきたので何だったかとよく聞いてみると


「雪が降る」でした。
 

日本では布施明が唄って有名になったアダモの曲ですね。


ガラス越しに強く降りしきる雨を見ながらの朝食だったので、

ますます気分を盛り下げてくれました。(笑) 



あらためてホテル内を歩いて気付いたのはケバブの匂いが染み付いていること。

夜、廊下を歩くと客室ドアの前にルームサービスの食事を終えたトレーがあちこちに出してある。

だからかもしれない。

韓国に行った時、キムチの匂いがそうだったので同じなのかなと思う。


そうそう、夜と言えば昨晩遅くまでインターネット作業をしていると、
 

突然、


バンッ!!!!


と、洗面所から大きな音がする。


何事かと行ってみると、ランプが割れて飛散していた。
高熱で割れたらしい。

寿命で電球内の電熱線だけが切れる日本のと違って、こんなハデな終わり方をするところがイランなん?(笑)


ただもし、洗顔中だったら・・と考えると、あぶねーっとも思う。


そして、GPSナビの充電の不具合を直すため、日本のフクダモーターさんから情報を頂いていたやり方を試すことにする。


「全てのデータを削除=初期化」 ←これをすれば直ると。


ここを押しながら、このスイッチをオンか・・。


・・お、情報どおりの画面の、


「全てのデータを削除します。よろしいですか?」


が出て来た、出て来た。


データをちゃんと別に保存してあるので


OK!とおもいっきりボタンを押すと、

順調に初期化に成功した。


・・これで直ればいいなと。


あれ?


・・嫌な予感がする。。


本体のスロットに、ヨーロッパ全土の地図データSDカードを入れたままじゃないかい?・・(青)


恐る恐る見ると、


入ってる・・。


まあ、でも本体とは別だからこのデータはなくなっていないことを願いながら、


確認すると、


一切のデータはありませんでした・・。


ずーん。


結構、凹みました。

かなり値段も張ったので痛いっす。


あれだけ「全てのデータをバックアップするように」と伝えてくれてたのに完全に私のミス。。

ヨーロッパを走行し終わっていただけ不幸中の幸いなのですが。



朝のチェックアウト時、イランは一切クレジットカードが使えないのでリアルとユーロを混ぜて支払う。

イラン滞在日数も少なくなってきたのでそろそろイランリアルは使い終えておかないといけないから。


DSCF9042出発時、ホテルスタッフの皆さんに囲まれ見送られて出発。




大雨、ミューの低い路面、運転の荒いドライバー、様々な状況を考え、安全のためゆっくり走る。


今回、特に困ったのは標識。

向かう町、SARI(サーリー)はそれほど大きくないこともあり英語表記の標識が少ない。


イランなのでナビは使えず、iPhoneに入力した地図も雨の中なのでジプロックにくるんであって見ずらい。


道が完全にYの字に別れていて、左右とも同じ道幅のところに出る。

どちらに進んでも目的地方面っぽい。

とりあえず前走者が左に行くので私も行くが、不安なのですぐ停車。

iPhoneの地図で確認できないか雨の中、グローブを外し濡れた素手で操作していると、


「ビッ!!」とクラクションがどこからか鳴る。 一度目は私に関係ないと思い、無視。


「ビッ!!」もう一度鳴る。と共に、人の呼び声も聞こえる。


そっちを見ると、


降りしきる雨の中、わざわざ車外に出て、遠くから私に向かって、


「そっちじゃないよー!!」


というジェスチャーを送ってくれる。


っつか、僕が行きたい方向がなんでわかるんかな~(笑)


でも確かに、左への道はその後、誰も行ってない。


その彼に手を上げて、あらためて右方向の道へ行き直す。

やはりそちらで正解だった。


しばらく行くと、日本にはないがアフリカ、ユーラシア大陸では当たり前のロータリー式の交差点に入るが、ここでもサーリー方面が判らない。


バイクを停車させると、すぐに二名、20代半ばくらいが乗った車が横付けして話しかけて来る。


「サーリーに行きたいんだよ」


と言うと、あっちですよと方向を教えてくれる。


有り難う!とバイクを発進させその道に向かう。


その後、その車がずっとついてくる。


もう、大丈夫なのに・・と思っていると。


前方に、いくつも分かれ道があるロータリー交差点が再び出て来た。


そこでも彼らがリードしてくれ、その後も2度ほどそんなことをしてくれた後、彼らの車は最後のロータリーで姿を消していった。


その後は、一本道でまったく迷うことなく目的地のホテルに着く事が出来た。


彼らは約5~10キロ近く、私のために伴走してくれたのだ。

そして握手ひとつ出来ないまま別れてしまったことが残念で仕方ない。


今日の雨の移動だったが、良い思い出になった。


ホテルに到着。

いつものように、空き部屋の有無、部屋代、インターネットの可否、等を確認後チェックイン。

パスポート提出。(イランのホテルは、チェックアウト時まで預ける必要あり)


【HOTEL ASRAM $42(3400円)】
DSCF9043


 


部屋に入り、荷を解いた後ロビーに行ってメールチェックをしようと。


エレベーターで一緒になったイスラム女性とどちらともなく挨拶をすると、きれいな英語を話す方で、控えめで男性に対し距離を置こうとする多くのそれらの女性達と違い社交的。


私がロビーのソファに座りインターネットをしようとするとそのイスラム女性が同じテーブルに座ってきて話しかけて来る。

少し話しをした後、名刺交換を求められたのですると、博士号を持つ研究者の方で首都テヘランから来ている方だった。

私が仕事で扱う製品(パーソナルケア/サプリメント)に興味があるのだとか。

後で連絡をとりたいとおっしゃっていた。


イランは博学な方、英語が話せる若い方が、他の外国人も含めてかもしれないが、日本人に大変興味を持ち、話をしたい欲求が高いようだ。


その後、早めの夕食のためホテルを出て近辺を歩くが金曜のためお店の多くが閉まっている。


ホテルは交差点付近に立っていて食事が出来そうな店は道の反対側。

道を渡りたいが信号がなく、行き交う車が多いため中々行けない。

地元の人は涼しい顔してうまく車の合間を縫うように渡って行く。

皆、結構スピードが速いので怖いんだよね。


結局、ぐるっと廻ったあと、ホテル真向かいにある何屋か判らない入り口が狭い店を覗くと、食べ物屋だった。

いつもそうだが、アジア人の私が店内に入ると店員達は一瞬驚いたような表情を見せる。

何か食べれるかな?とジェスチャーで訴えると、すぐに笑顔で何がいい?と反応してくれる。


「ライス?」「チキン?」と確かめてくる。


うんうん、それでいいよと。


「Welcome to IRAN!」

そう言いながら、素敵な笑顔で料理を出してくれた。

DSCF9044チキン、サフランライス、焼きトマト、オレンジジュース

イランご飯、山盛りで嬉しい☆

こちらの人はご飯を全部食べず、残すのが一般的らしいのですが私はいつも完食! 
 

これで40000リアル。(約280円)
 

不思議なのは、いつもケタを間違って言われること。


40000リアルを、「フォーサウザント」と言う。

「フォーサウザント」は、4000リアル(28円)だよね。
メモにもそう書いて来る。

言われた通りに4000リアルを出すと「No, No, 」となる。

万の単位を千の単位で呼ぶように間違って教育を受けているのか、かなり多くの方がそうなのでとっても不思議で戸惑う。


長くシルクロードを走り続けている旅ですが、今日は雨のカスピ海を見ながらの移動でした。


歴史ある街道を往った旅人や交易商たちも、その昔、この地域では沢山の方の親切に感謝しながら歩いたのかな、と思いを馳せる。



*お知らせ:ここイランではフェースブック、ツイッターが規制のため閲覧が出来ません。
(6月17日以降)
私へのメッセージはこちらまで → trp@jp.bigplanet.com(直メ)お願いします。
 

【イラン】チャールース滞在

2011年6月23日(木)


今日は一歩もホテルから出ませんでした。


どうしてかというと、


嵐!

イランの嵐ですよー!!

かなりの強風と大雨が降り続いています。


DSCF9025





お陰で(?)事務作業がはかどる、はかどる♪

いつも、一週間に一度位はまとめて事務作業をしないといけないことがあります。


 ・撮影データをハードディスクに保存すること。

 ・子供インタビューをドロップボックスに入れて日本へ転送すること。

 ・領収書の整理、上書き。

 ・多くの方へのメールの返信。

 ・先の旅程の関係者とのやりとり。

 ・臭くなってきたものを洗濯。

 ・バイクの整備。

  等々。


特に今回滞在したホテルはカスピ海を一望出来る部屋だったので最高☆でした。

少しイランのホテルについてご紹介。
特にここはイランでは一流ホテルです。
イラン国内のグレードで5つ星を誇示しているところです。

無線インターネットのWi-Fiが私の4階の部屋にも 来ているのですが電波が弱くよく途切れます。
なので、ロビーまで下りて行ってやったり。

午前中、ロビーで作業をしていると、視界の隅に動くものが。見ると、

子猫。

カメラを構えるが、気配を感じたらしくとっとと見えないところへ行ってしまった。
その数分後には、その猫を捕まえるためのホテルスタッフによる大捕り物が始まった!(笑)

そういえば、昨日は夕食をルームサービスで、と書きましたがそれに結構苦労したのです。
ルームサービスって、部屋から電話で注文して、食事を部屋に持って来てくれるのがルームサービスですよね。
で、電話するわけですよ。メニュー表に書いてある番号に。
ちなみにメニュー表を見たら全部ペルシャ語で、あちゃー、全然わからん!と思ったら裏返したら英語だったので、ほっと・・。

おお、カスピ海産(だといいな)の魚料理を頼もう!ということで部屋の電話からルームサービス部へ電話するわけです。

すると、相手はペルシャ後で電話に出ます。

「English OK?」

と尋ねると、

「○×○×〜〜〜〜」

と何か、言って

「ガチャッ」「ツー、ツー・・」

おいおいおい(笑)

これを3回繰り返されたので、
フロントへ電話し、英語の出来る人をお願いすると、

同じことがまた3回繰り返されました(苦笑)

しょうがないので、フロントまで下りて行き、
メニューを見せて、私が注文したいものをやっと頼む事が出来ました。

そして食事が本当にやってくるのか心配でした。
アフリカのベナンのホテルでルームサービスを2時間半待った経験があったので。

部屋に戻ると10分ほどで食事を持って来てもらえました。

5つ星といえど、イランでは地方まで来ると英語を話す人が極端に減ります。
タブリーズでは結構、多かったのですが。

あと、そうそう、とっても困るのはやっぱりインターネットの規制。

「グーグル翻訳」サイトが規制で見れないのです。
普段だったらインターネットを使ってその国の言葉を調べるのですがそれが出来ません。

あと、普段閲覧している友人のブログや、情報サイトの7〜8割が見れません。
これは厳しい。。

ただ、イランでとっても嬉しいのはガソリン代!!!
一昨日ガソリンスタンドで料金に目を疑いました。

31リットル入り、2200000リアル=1500円。。
リッター当たり、49円?!
最初は、はあ? これ絶対間違っている。
灯油か軽油か?などとそれの値段も知らないのに焦ってそんなことを考えちゃったりして。

ホテルに戻る最中、もしガソリンじゃないモノが入れられていたらどうしよう・・途中でエンジンぶっ壊れるんかな・・とか。
ホテルのスタッフに確認すると、
「そうそう、1リッター、70セント(50円)くらいですよ」
と言うのでほっと胸を撫で下ろした。

流石、原油産出世界二位はだてじゃないね。

ホント、ところ変われば・・を経験しています。


DSCF9033降りしきる雨





時間が遅くなるとさらに天気が悪くなり(たぶん)普段、穏やかなカスピ海がかなり荒れてきます。

沖から高く白く舞い上がる波が、崩れていくのをずっと眺めていても飽きない。


時には怖いくらいの轟音に似た海からのうねりも閉めてある大きなガラス窓を抜けて聞こえて来る。


そして突然、雷光が真っ暗になった海を照らす。

大好きな音楽を聴きながら、ゆっくりと体を休めて、作業に没頭するには悪くない一日だった。


・・そんなこと言ってて出発の明日の朝もこんなんだったらどうすっか(大汗)


【イラン】ラシュト〜チャールーズの旅

2011年6月 22日(水)

移動距離:180キロ
天候:曇り
最高気温:29℃
出発時間:8:30
到着時間:12:00


ラシュトからカスピ海に面する町、チャールーズに向かいます。
今まで、カスピ海の近くを走りながらも海に行かなかったのはこの町でゆっくり見たかったからデシタ!


1アルダビールのホテルと違ってラシュトのホテルでは朝食付きです。
ただ、これだけだと寂しいなー、思いながら黙々とナンを食べます(笑)





街を抜けるまで相変わらず、クラクション、かけ声、至近距離の車両の接近、並走を続けての呼びかけに少々疲れます・・(苦笑)

ほとんどの車が私を抜いて行く時、まるで街中をF1が走っているかのような驚きと、憧れと、喜びの表情で見たり、写真を撮ってきたりしています。

特に窓から手を振る子供の笑顔にはとっても嬉しくなる。

むかーし、若気の至りでランボルギーニ・カウンタックなるものを乗っていた時と周囲の反応が似ていることを思い出す。

今日の移動中、目的地の少し手前の商店で飲み物などの買い出しに寄った時、店内から道路脇に置いた自分のバイクを見て思った。

「カッコイイ」 (←また言っている)(笑)
 
まじめな話し、実際にこんな斬新なスタイルかつ大排気量のバイク、それもオフロードタイプのものがイランを走っていることはあり得ないので珍しいのも無理ない。

もし東京都内で、本物のF1マシンが走っていたら、誰もが振り返り、車中からカメラで写真を撮るだろう。
同じなんだなと思うと多くの方の反応も理解出来てくる。

そして自分自身も子供の頃、近所の人が乗っていた外車やスポーツカーに、憧れて、憧れて、その延長で「レーサーになりたい」という夢を持つことに繋がったことを考えると、私の存在もひょっとすると間接的に子供の夢作りに貢献出来ているのかなとも勝手に思う。

2「イラン北部は日本に似ている」と多くの方の旅行記に書いてあったけど本当にそう。
私の故郷の岐阜でも走っているかの錯覚に陥りそうなほど。
田んぼがあり、山があり、川があり。


イランでも米を作っているようだが、食事の時に出て来るライスは日本のものとは全然違う。
タイ米みたいでそういう品種なのかな。

3途中の道端で。
子供であれば屋外でも、短パンOKのようです。

偶然、映った向かいから歩いてきた大学生風の女性。
イラン女性は髪型を見せることが出来ないからか、他の部分について大変オシャレであり、いろんな工夫を凝らします。

4目的地のホテルに到着。
【ホテル Khazar Azadi 13500円】

私が大好きなロケーションです。
建物は浜辺に立ち、部屋の窓からカスピ海が一望。

カスピ海は正確に言えば世界最大の湖で塩湖。
元々は海で、大昔の大陸移動で外洋から陸地に閉じ込められたというもの。

写真5イランの他、ロシア、アゼルバイジャン、トルクメニスタン、カザフスタンに囲まれている。












8海水を舐めてみたら確かにしょっぱいがかなり薄味だった。
イスラエルの死海のように浮かぶことは出来ないだろうね。





浜辺の波打ち際を歩こうと短パンになり、浜辺に出る前に、フロントで確認すると
「NO,Probrem!」
ビーチやこういった浜辺のホテルでは服装規制に抵触しないよう。

気持ちよく短パン、クロックスのサンダルで海辺に入り写真撮影していると、大きな波と共に短パンがビチョビチョになりかける。

9イラン人の方の海水浴は可哀想だったな。
女性は相変わらず、頭を隠すものを身に付け、肌を露出させられないので中にはジーンズを濡らしながらヒザ近くまで海に入っている人もいました。

いつの日か抑圧された法規制から解放される日が来るのだろうか。


10読めません!って。






11ホテルスタッフのバイク。
イランHONDA?カブの原動機っぽい作りでした。





DSCF9013夕方になり、ひと時の大雨が。






部屋から、カスピ海の水面を叩く雨を見ながらルームサービスの夕食をとります。
イランの子供インタビューも出来ていることもあり、ここに来てやっとほっとしています。

トルクメニスタンの入国日の調整のため、明日もここに滞在です☆

【イラン】ラシュト滞在

2011年6月21日(火)

イランは見所がとても沢山ありますが、国際協調の視点からはやや難色を示されることが多いため、もったいないことがありそうです。
今日、行くマスレー村は世界遺産に登録されても良いくらいの素晴らしい地区です☆

ホテルスタッフに地図で場所を教えてもらうと9キロ地点の場所。
おお、全然近いね~、と軽装でバイクを走らせるがその近辺には何もない・・。

近くでスイカ売りの若者に聞くと、

「ここから25キロだよ」と言う。

なぬー(笑) まあ、いいやいこう!と25キロ地点までいくと、標識があり


「マスレーまで、35キロ」

と書いてある。。


ということで滞在先のラシュトから70キロほど走ったところにあるマスレー村に向かいました。

0街の中心地は車が多く、特にこの地域は運転が荒い。
前走車の追い抜き、あおり、幅寄せ・・が皆、大好きなようで街中はカーチェイス状態!(笑) 
プジョー、シトロエンが圧倒的に多く、次いで、韓国のキアかな。
相当年式が古いものが大半です。

また、今日は徹底的に声をかけられました。数台に一台はクラクションを鳴らして手を振って来る。
中には、並走して窓を開けて何か訴えて来る若者の車がいる。
ジェスチャーから「どうしても停まって話しをしたい」というので停車すると一生懸命、「日本は素晴らしい、友人や、兄弟が住んでいる、その他・・」などを訴えてくるがペルシャ語で話されるので全然、判りません(苦笑) ここまで親日家が多いとは本当にビックリです。

1ガシュト・ロドカン保護区域内にマスレー村はあります。











DSCF8964バイクが上れるところまで行きます。






234











山肌に張り付くように立っている住居群。とても特徴的な建築法です。
56車両は乗り入れられない生活路を歩くと気がつくとそこは人の家の二階だったり屋根だったりです。

また広場、洗濯干場としても利用されています。



7お!洗濯物の陰に、猫、発見。

イランの猫だから、ペルシャ猫?!




89一通り見たのでバイクを停めてある場所に戻ろうと歩いているとあるご夫人が挨拶してくれ、我が家を見る?と誘ってくれる。
とっても笑いが多い、楽しそうなご夫婦でした。
まさかマスレー村の住人宅に入れるとは!(嬉)

1011内部はリフォームされていてとってもステキでした。
キッチンとベッドルームです。

ひょっとすると、それで見せたかったかもしれません(笑)

12イランでは有名な観光地でお土産物屋さんも多くあります。

子供が親にねだる姿は、ここでも変わらなかったな。




13イランの人の親切心の思い出にリストストラップを購入。

永遠に切れないで持っていたい。







【イラン】アルダビール〜ラシュトの旅

2011年6月20日(月)

走行距離:280Km

天候:晴れ

最高気温:33℃
出発時間:10:30 
到着時間:16:00 


子供インタビューが出来た嬉しさと、仲良くなった家庭が出来たことで離れがたい気持ちになったアルダビールを遅い朝に出発し、カスピ海沿岸の街、ラシュトに向かいます。


アルダビールの街を離れ一時間ほど走るとアゼルバイジャンとの国境沿いを走ります。そのせいか、度々ポリスストップがあり停められますが、ほとんどの警官が日本人だと判ると満面の笑みで歓迎の意を表してくれます。

ポリスオフィスから警官が手招きして、ナンを見せて「こっち来て食べていけ」と言ってくれている(笑)
「テシュクー」(ペルシャ語の有り難う)を伝えて先を行く。
イランのポリスストップは皆、気持ち良く対応してくれるので全く緊張しない。
ただ「この先はデインジャラスなので・・」とやはり国境付近は緊張地帯のようだ。


アスターラーの町からカスピ海の海沿いを走る。海岸から1キロほど離れているので広く海が見える状態ではないが水平線が常に確認出来る。
たまに点在する町が海沿い独特の雰囲気なのと、海風の空気が気持ちがイイ。

49号線をカスピ海沿いを南下。
123




途中、タレッシュという町で、地域特有のアウトドアドライブインがあるので寄ってみる。

4アルダビールの出発が遅かったため、ここで昼食にしよう。
チキンのバーベキューケバブ+コーラ+ナン+タマネギで40000リアル(280円)
結構、美味しい☆

56水タバコ。
アルコールを飲まない(飲めない)イスラムの方々の貴重な嗜好品なのでしょう。


「どうぞ、どうぞ」と、吸う事を何度も勧められるが、今はタバコも吸わないため丁重に断る。

78オートバイのお陰で皆と話しが弾み、すぐに友達になれる。
あらためてバイクは素晴らしいなあ。有り難い。


ラシュトの町に到着。
目当てのホテルは判るのは名前だけ。場所が全然判らない。いつものパターンで中心地を少し過ぎた所でひまそうな(?)人に聞く。
6〜7回、尋ねてやっと到着・・。ほ=。

目当てのホテルに到着する前に、良さそうなホテルがあり、値段の確認と部屋を見せてもらう。インターネットは出来るというがiPhoneでチェックするがうまく繋がらない。そこは保留にさせてもらい、元々の目当てのホテルに到着して同じ事を確認するとインターネットはロビーだけだけどバッチリ繋がるし、トイレも洋式で汚くない。値段は全く同じ。ちなみにイランに入ってから全てのホテルはシャワーはトイレ&洗面所に何のしきりもないのでびちょびちょになる(笑) カーテン一枚あればいいのにね。

結局、目当てのホテルにチェックインした。

【パムチャル ホテル 483000リアル(3400円)】(朝食付き)
そしていつも思うのは、居心地が良いかどうかは、設備や価格よりも

「人」

DSCF8937ここでは最初に対応してくれた
ムハマドは最高に良いやつだ☆




また人生で大切なことを確認させてもらった。

写真 2写真 3I'am here now!








9部屋の窓から面している交差点が見える。
遅い時間でもひっきりなしにクラクションが鳴る。
でも、そう言えばイランに入ってからはアザーンは聞こえてこないな・・

10TVを付けると娯楽番組はほとんどやっていない。討論会か、ドラマか、ニュースか・・。
トルコまでは音楽番組なども豊富に見れたが。
当局によるメディア規制が、相当厳しい事が判る。

人形劇がやっていて、出演している女性人形は皆、シャーをかぶっていた(笑)

【イラン】タブリーズ〜アルダビールの旅(子供インタビュー)

2011年6月19日(日)

移動距離:230キロ

天候:晴れ

最高気温:23℃


観光は一切出来なかったが旅に必要な作業が出来たタブリーズを離れ、アルダビールに向かいます。


ナビが機能しないため、タブリーズの街を出るのに少々手間取る。

なんとかアルダビールに続く幹線道に出ることが出来た。


2標識はペルシャ文字が多く、英語表記の部分を探すのにまだ慣れない。






3イランに入国したあたりでも見た土で作られた家屋。
イランの地方都市の特徴なのかな。




4このホテルに到着するまでに多くの方に道を訪ねた。

皆さん、親切ですぐ地図を書いてくれる。
ただその地図が・・(苦笑)
いやいやその親切に深く感謝。


この旅始まって以来、困ったのはイランでは建物に「HOTEL」の英文表記がほとんど出てないこと。
うーん、見つけにくい。

【ホテル・シェイフ・サフィー 32万リアル(2200円)】

(素泊まり/トイレ:イラン式(便器なし)/建物内にインターネットカフェ)

だんだん、ヨーロッパの先進国を離れたことをホテルの設備から感じています(笑)


5暑いので短パン外出しようとするとホテルスタッフが慌てて、

「その格好だと、警察に捕まる!」と手錠をかけられるジェスチャーで説明してくれる。

イランは男性にも服装の厳しい規制があり、往来では短パンは許されません。


6-1アルダビールの街の風景





6-2何故か、眼鏡屋街が。ここでサングラスを探せばよかったー。基本的に物価は安いです。






6

イランは香港のようなネオンが好きなよう。





街の中心地のモスクに行こうとしばらく歩くと道に迷ってしまった。 

すると、全然知らない人が、

「そっちじゃないよ」といきなり道案内をしてくれる。

え!なんで? 何も言っていないのに私が行こうとしている場所、知っているの?

10分ほど歩いて目的地へ到着した。間違いない。ここに来たかったのです。

英語が話せないので会話が出来なかったが、フーシャンさんという方だった。魔法使い?(笑)
7



 

89見事なタイルモスクの
「シェイフ・サフィ」





 

 

10受付で日本から来たことを話すと、

「内部の説明をしてあげるよ!」と言い、周りの人を巻き込んで説明を開始してくれる。

が、ペルシャ語は全くわからない。。
でも有り難うございます。

イランのモスクはかなり派手!作りも手が込んでいる。
 

11街のいたるところにあるATMの機械。

でも、「VISA」「Master」「Plus」の表記が全くなく、イラン国内の金融カードしか使えません。

基本的にはイラン国内を旅する際は完全に必要分の現金を持ち込む必要ありです。


12スムージー?カップ一杯、3000リアル(21円)





13ダチョウの卵!一回でいいので目玉焼きで食べてみたいな。





16-1交通ルールは結構、ひどいです(笑)

赤信号だろうが歩行者も無視して渡るし、車両が通行する交差点でも信号は点滅しているだけで機能していません。先に入ったもの勝ち、といった具合です。

なのであちこちで事故を見かけます。


シャワーを浴び、夕食に出かけます。

私の大好物の焼き鳥屋があるので入ると、焼く前の串に刺された肉を選べと。

写真 2写真 1写真 3そしてその場で炭火で焼いてくれる。

トルコまでであればフランスパンが出て来るところが、ここイランでは、どっさりとナンが出て来る。




数分待つと焼きたての串が順番にナンの上に置かれる。

これはかなり旨かった!!久しぶりの大満足☆
 

ホテルに戻り、併設されているインターネットカフェに行き、メールのチェックとブログの更新をしようと設置されているパソコンを操作するが、インターネットのスピードも遅く、途中何度も遮断されてしまう。
 

そんな中、隣に座ってきた若いイラン人男性(シャフリヨールさん)が

「May I help you?」と声をかけてくれる。
少し会話をしたところで、とっても親切で優しい人だと判った。(19歳/大学生)

自己紹介の延長で子供インタビューの話題に及ぶと、
「私の家のマンションの上の階に10歳くらいの子供がいます。お手伝いします!」

と言ってくれ、急遽インターネットカフェを出てタクシーでシャフリヨールさんの家に向かうことになった。
 

ちなみに、インターネットカフェでの会計時に、このシャフリヨールさんが私の分まで一緒に払ってくれてしまう!またもやアンビリーバブル。。 

会って間もないのに、なんでそんなおもてなしをしてくれちゃうの?(驚)
 

外に出ると、タクシーが中々捕まらないので、シャフリヨールさんがいきなり普通の車を停めてか、向こうが停まってくれてか判らなかったが、

「この車が乗せて行ってくれるそうです。乗りましょう」いわゆる白タクだなと。

目的地に着く時、タクシー代はもちろん私が払おうと財布を出すと、運転手もシャフリヨールさんも、タダですよ、と言う。
「なぬ〜っ!!」
これまた信じられない!

「旅人を助けるのは、その辺を走っているドライバーも当たり前ですから」と。。

17「白タク」じゃなかった。
純粋な親切なドライバーだった。。(感謝)




ちなみにイランはびっくりするほど外国人(欧米、アジア)は少ない。というか全く見ない。あれだけ、どこにでもいる中国人でさえです。 

18彼の家に到着。マンションの3階が彼のお家だが、建物に入ったところで靴を脱ぐのがイランの習慣。




19立派なお宅。
「うちは平均的な家庭ですよ」と。




2021歳の姉、サミラさん。
イラン女性がスカーフをとっているところを初めて見たので思わず撮影させて戴いた(笑)
大学で法律の勉強をしていて、将来は裁判官か弁護士を目指しているとのこと。


いきなりの訪問にも関わらず大歓迎で迎えてくれ、なんと、食事までごちそうになってしまった。。
写真 4レシュテという家庭料理のスープ。
私の大好きなヌードルが入っていて美味しかった。
夕食がまだだったら何杯もおかわりしてただろうな。





21子供インタビューは同じマンションの方ではなく、近くの親戚のお家に行くことになった。シャフリヨールさんのお母さんの運転する車で一家で移動。

シャフリヨールさんのおじさん宅に到着!
到着するなりこちらのお宅でも大歓迎で一家総出のお出迎え!(驚)

真ん中の男の子、アミルホッセン君(7歳)がインタビューに答えてくれた^^
最初、かなり人見知りしてたが、久しぶりに手品を見せるといきなりそばに寄って来た(笑)

22特に長女のファルザネさん(19歳)が「超」がいくつもつくほどの日本大好きっ娘だった!
大事にしているという、お友達にもらった日本の置物を見せてくれました。
夢は、日本人を結婚して日本に移住することだそうです!



イスラムの女性がかぶっているものについて聞かせてもらうとファッションショーをしてくれました♪
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ルーセール       シャー        チャードール
ちなみに、目だけ開いている完全なほっかむりは、ルーバンドというそうです。
トルコなどではかぶらない女性も大勢いたがイラン女性は100%。理由は法律が厳しいから。
9歳以上、外出時、家の中でも他人と会う時は「絶対の絶対」にしていないといけない。しないとすぐに警察に捕まり、むち打ちの刑になる。
また、夫婦以外は街で一緒に歩く事も禁止。。(悲)

26話しが尽きず、夜中近くまで盛り上がる。
この日、二つの家庭から大歓迎を受けた。




この家庭との出会いのお陰でイランのこと、イスラムのことがほんの少し、判った気がした。

大人の夢は、国外へ行く事だった。スペイン、ドイツ、USA、日本・・
モスクが好きではなく、政府や警察に対してとっても抑圧されている感情を持つ方が少なくないこと。
観光地を訪問していてモスクは奇麗だし、素晴らしいと思う反面、禁欲的、制約が厳しく、昼夜問わず大音響のアザーンなど、日本人感覚のままだと違和感があったが、今回はとっても身近な感覚を覚えた。

もっとも根底的に理解出来たのは、

「人は誰でも、自由を欲しているのだ!!」

ということ。自由を求めて人は努力もするし、夢も持つ。

ここでもとても大変貴重な一日となった。アルダビールの街、有り難う。


明日は、カスピ海、沿岸の街ラシュトに向かいます!
 

*お知らせ:ここイランではフェースブック、ツイッターが規制のため閲覧が出来ません。
(6月17日以降)
私へのメッセージはこちらまで → trp@jp.bigplanet.com(直メ)お願いします。

【イラン】タブリーズ滞在

2011年6月18日(土)


タブリーズ滞在です。

イランは金曜が休日なので昨日は多くの店が閉まっていました。

今日は土曜ですが、日本で言えば休み明けの月曜なのでどこも全開で営業しています。


朝食を終えてからホテルのフロントに子供インタビュー依頼の相談をすると、

「撮影する際に当局の許可証が必要で特にイランはその点厳しい」とのことで協力はあえなく断られました。

うーん、欧州以上にイランは手強いかも。。とりあえずイランの国内滞在は約10日ほどあるのでその中でチャンスを伺ってみたい。


無事イランに入国するもしなければならないことがいくつかある。
 

【両替え】

昨日、ホテル到着後フロントで、トルコリラ→イランリアルへ両替を依頼するとホテルでは出来ないので銀行へ行くように言われる。

最初の銀行へ行くと、ここでは出来ないので少し先の銀行へ行って下さいと。

二つ目の銀行へ入ると沢山、人が並んでいる。順番待ちの札を取るように入り口の係員に指示されるが受け取った番号札がペルシャ語で意味不明(笑)。

私の困惑を察知して、係員が私を順番待ちをしないで良いところを連れていってくれた。担当の窓口の人に両替をしたい旨を伝えると二階の別室へ案内される。

そこの部長らしき方は接客中だったが私を認めるとすぐに「近くまで来て」と合図をする。

私が、両替の旨を伝えると、

「トルコリラからイランリアルへは銀行では出来ない。バザール(マーケット)の中の闇両替商に行かないとねえ」と言われる。

・・が、私のがっかりの表情(?)と手間を考慮してか、

「いや、やっぱり特別にここでやりましょう」と言って、結構な手間をかけた末、両替をしてもらえた!それもほとんど手数料なしで!(感謝)

no titleケタが多い紙幣!
10000リアルで、70円ほど。
多くの紙幣に、銀行?か何処かのハンコやメモ書きがしてある。

 


【書類のプリントアウト】

日本で私の旅程のコーディネートをしてくれている道祖神の佐藤さんからトルクメニスタンの招聘レターをメールで送ってくれた。それをコピーする必要がある。ホテルに頼むと諸事情で出来ないので外の店でやってくるよういわれる。


一人のホテルスタッフ(ダーウさん)が案内しますよと10分くらい歩いて連れて行ってくれた。
結局、2軒目のお店で出来た。支払いをしようとすると両替したばかりで小銭がないことをいうと

「タダでいいよ」と。(感謝)


【イラン地図の購入】

イランに入国するとバイクに搭載してあるナビはバイクの方角を指すのみのコンパスと化した。
そうなんです。イラン国内の地図データが発売されてないのです。


アフリカでも一部を除き同じような状況だったのですが、携帯のiPhoneのマップ機能が優れていたのでナビ代わりになっていてくれた。
ただそのiPhoneに搭載されてる地図ソフトはグーグルマップなので、昨日のブログで記述したようにこのイランではアメリカサイトのグーグルは遮断されるようになっている。
そのせいかiPhoneのグールグマップが正常に作動しない。
このインターネットまでも及んでいるイランの反米政策についてはなんとも閉口。


ということで紙ベースのロードマップを買うためにブックショップの場所をフロントで尋ねると別のスタッフがまた連れて行ってくれるという。
子供じゃないんだから一人で行けるのにね(苦笑)しかし、何とも親切。


そして、また10分以上歩いて着いたブックショップで地図を探してもらっているところに、再びダーウさんが心配してかかけつけてくれた。
私一人にホテルスタッフが二人も地図を買うためだけに本屋まで同行してくれているのだ。
挙げ句の果てには会計時にダーウさんが「私が払います」だって!

本屋を出たところで「いくらでした?私、払いますよ」と言うと、

「No,No,No!!」「貴方は私のゲストですから」

・・普通、ホテルスタッフに何かしてもらったら客がチップを払うくらいなのに!

もー、なんという信じられない対応。。(感涙) イラン人の親切、恐るべし!(笑)

1ダーウさん。
この方のお陰で、タブリーズ滞在は輪をかけて気持ちの良いものとなった。




2買ってもらったイランの地図。
とりあえずこれで一安心。




【バイクの整備】

気がつくとバイクから電源をとるカプラが損傷していたのでその修理。

そしてついにリアパッドの交換をすることに。新車時から一度もしていなかったので37000キロもったことになる。私は結構リアブレーキを使うほうなのでこの耐久性はかなりのもの。
・・ただ、今回はかなり苦戦。。

リアのブレーキキャリパーのフローティングの動きが渋く(固着)なっていて、新品パッドを入れた時、定位置に戻らなく、新品のパッドを入れるとブレーキディスクが入らない。

幸か不幸か片側のパッドだけが減っているので減っているほうの片側だけ交換することにしてディスクも入り、とりあえず交換作業終了。

そして手持ちの工具では圧入されていたパッドピンを再び入れ直すことが出来なかったのでピンを加工(圧入フランジを除去)し、ピンと抜け止めクリップのみでパッドを支えることにした。


この作業に約二時間。ホテルの駐車場で大きく工具などを広げ、リアタイヤを外して派手にやっているを見て、通りかかりの人が寄って来ては話しかけてくる。

なんとなくアフリカっぽいな、と感じた。


あっと言う間に時間は19:00近い。タイムゾーンの影響で全然まだ午後の日差し。トルコだったらまだ17時台だしね。


今日は観光がてら街の中心地へ食事に出ようとも考えていたが時間も遅くなったので結局昨日と同じホテルとなりのフードコートへ。

また来たね、とばかりに店員が笑う。


食事をしながらイラン横断のプランを立てる。

優先順位一位は子供インタビューなのでそれが成功するためのルートをイメージしながら街をつないでいく。

ホテルスタッフのダーウさんに買ってもらった地図を広げて。
3街中では女性は100%スカーフをしている。





4フードコートのメニューも読めません(笑)




5コカコーラゼロもペルシャ語。
当然のことながら味は全く同じ。


 


イランについて調べているとこんな情報がありました。(以下ウィキベディアより抜粋)

「イランでは志村けんの知名度が高く、国民的な人気を博している。

かつて駐日イラン大使館に大使として勤務していた政府高官が「国賓として招きたい」と発言したり、テヘランを始め、大都市のレンタルビデオ店には、志村の特設コーナーもある。

また、イランのテレビアンケートによるとムハンマドに次いで尊敬すべき人物と言う回答もあった。

テヘランの空港には一時期ホメイニー師と志村けんの肖像画が飾られていた事もある。」 

・・以上、私はドリフ好きのため、この情報はウケた。いつかイラン人に志村けんのことを聞いてみたい。


明日はやや北西方向の街、アルダビールに向かいます。


*お知らせ:ここイランではフェースブック、ツイッターが規制のため閲覧が出来ません。(6月17日以降)

私へのメッセージはこちらまで→trp@jp.bigplanet.com(直メ)お願いします。

Tabriz / IRAN taizai

2011nen 6gatsu 18nichi

HOTEL no Internet ga tsukanaku natta tame kyou no nikki ha asu ikou ni kisai shimasu.

Itsumo mite kurete arigatou.

Thank you so much for you visit to this website.

Tatsuya Yamada

ヴァン(トルコ)〜タブリーズ(イラン)の旅

2011年6月17日(金)

走行距離:330キロ
天候:快晴
最高気温:35℃ 

いよいよトルコを離れ、中東イランへ入国です。向かう町はタブリーズというイランで4番目に大きい街です。
朝食後、珍しく体調が良くないことに気がつく。知らないうちに疲労が蓄積かなあ・・。

トルクメニスタンへの入国日が決まっている関係で若干日程に余裕があることもあり、休養のためにもう一泊するか・・とも頭をよぎるが、

「バイクに乗れば直るだろ!」(笑) 

と決めて少々ふらつきながらも出発。
30分も走ると思った通り、体調万全になる(笑) どんだけバイクが好きなん?っと自分で笑う。
そうそう、皆様にご心配をかけてしまったブレーキディスクですが今は

「見ないふり」をしています(笑)

すぐに割れて大事故に、ということはないと思います。東京の福田モーターの大津メカさんもすぐさま適切なアドバイスを送ってくれてます。
レース時代もだいぶヒビが入った物を使っていた気がするし・・。ただなんとか出来るだけ近いうちには交換したいと思っています。


1バイクは半地下のガレージに置かせてもらっていました。






2イランへ向かう道。
工事中の箇所が多いが、アフリカにくらべれば何の苦労も無い。





3道に広がる「羊の絨毯」(笑)

トルコ〜イラン国境前後では特に多かった!




4国境手前の山腹にトルコの国旗が刻まれている。






5トルコ側国境入り口
(トルコ:オザルプ〜イラン:ホイ間国境)





6ここまでフレンドリーな国境は初めて!(笑)
日本人と知るや否や、友達かっ!ていうほど楽しい話題を投げかけてくる。
バイクを取り囲んであーでもない、こーでもないとも。




6通常、あり得ませんね。
国境敷地内の、それも彼らは拳銃を持つポリスなのに一緒に記念撮影に応じて盛り上がって撮りました!




その後のイラン側の国境も大歓迎で大変丁重に対応してくれました。
イランも親日国のようです。かなり印象変わりました!
さすがにイラン側では写真撮影は出来ず。

【カルネ情報】
イラン国境窓口手前に座っている係官は、パスポートに必要なサインを余分にしてあるからカルネは必要ない。なのでこの先の入国スタンプを押すポリスオフィスでもカスタムでもカルネを出さないでという。ただ、今まで各方面から戴いている情報ではイランでは絶対にカルネが必要とのことだったので半信半疑でパスポートスタンプを押してもらいにいくと、周囲の方は皆、カルネにも押印してもらっている。やっぱり必要ではないか・・ということでカルネを提出するとしっかり入国押印をされた。
この件についてはちょっと疑問が残るところだった。

78イラン国境を出た所。
無事、入国!
すぐに話しかけてくれる人がいて、
「何か困った事があれば何でもお手伝いしますよ」
と、純粋に親切な人と思う。


「Good bye! Turkey!  Hello! Iran!!」

9イラン入国後はしばらく工事中がところどころ続く路。

あー、ついにイランに入ったんだな〜っとしみじみ思いながら走る。




10ヨーロッパに入ってから多く見られているコットンがイランでも沢山、舞っている。幻想的な風景。
このコットンを手でつかむこと出来ると願い事が叶うのだとか・・。
見えにくいかもしれませんが、白い浮遊物がそれです。

11あんな石が直撃したら、一巻の・・。(怖)






12かなり不安だったイランの標識。
「おお!英語も併記されているじゃん!」
有り難い、と思っていたら結構、ペルシャ文字だけの標識もあり何度か違う道へ行ってしまいました。



正午を過ぎた頃、ぐんぐん気温が上がり出す。35℃。暑い!
木の下を探し、バイクを停めてインナーウェアを脱いていると周りから人が集まってきて話しかけてくれる。
1314いろいろ質問攻めになる。旅のこと、バイクの価格、日本の地震の事・・。

「イランはガソリンが安いよ〜」とも。
1ドル/ℓ は有り難い!トルコの1/3近い?

左の女性が英語が上手で主に彼女がいろいろ話してくれた。

15イランでも藁、山積みのトラクターが。
運転手はアランドロンそっくりの超イケメン青年だった。





16これほどまでに、声?クラクション?をかけられるのはイランが一番かな。
信号待ちでも、走行中でも隣の車が、

サムアップ「イイね!」(笑) をしてくる 。
私もお返し。


17長い距離ではないが砂漠地帯を走っていると、紅(くれない)色の砂山が出現!イランならではの光景だ。





18やっと、遠くにタブリーズの街が見えてきた!






街に到着して予約はないが目当てのホテルに到着。空きがあったのでチェックイン。二泊の予定。
【ゴスタレシュホテル 8000円】

写真 2写真 1ホテルは街の中心から2キロほど南東に来たあたり。
街を歩くと、かーなーりー、視線を感じます(笑)





「おお、日本人。。」とつぶやく声が聞こえてきます。
そして皆さん、好意的です。


夕食はホテル隣のフードコートで。サラダ、スープ、チキンプレート、水で110,000リアル(750円)
そしてふと店内の時計をみると時差がある。1.5時間と半端な時差。
また日本に近付いた。(4.5時間の遅れ)

ホテルのロビーでのみWi-Fiが使えるのでiPhoneとパソコンを持ってつないでみると・・、

フェースブック、ツイッターは全くつながらない。また時間によって?グーグルも出来ないことがあった。

jpg米国の経済制裁が続く中、イランからの対反米政策の一環か、最近のシリア、リビアなどの反政府デモの影響か。

規制がかかって見れないサイトは左のような画面が表示されます。

イラン滞在中、フェースブックとツイッターが出来ないのは辛いな=!(厳)
※ひょっとするとこのページも規制の影響で画像が見れないかもしませせん。ご了承下さい。

今日は、大好きなトルコを離れました。滞在が長かっただけにお世話になった多く方の顔が目に浮かびます。必ず再び訪れる日があるでしょう。

そして不安70%くらい(笑)で入国したイラン。旅行情報サイトにはビデオ撮影には注意を促すものも目にしたが子供インタビューは必ず成功させたい。

明日、このタブリーズでどれだけのことが出来るか挑戦です。






【トルコ】エルズルム〜ヴァンの旅

2011年6月 16日(木)

今年の始めに開催されたユニバーシアード冬期大会会場の町、エルズルムを離れヴァンへ向かいます。
出発する時、昨日のおやじさんがホテル前にいて見送ってくれる。
さよなら、そして有難うの気持ちを伝えたくて、トルコ語で、

「テシェキュレール(有り難う)」

と言うと、おやじさんの表情が深い笑顔に変わった。そして握手を。

ギアを1速にいれて出発すると私の背中に手を振ってくれるのがバックミラー越しに見えた。

トルコ最東部のヴァンは長かったこの国の滞在、いよいよ最後の町となりそうです。

1山あいを抜けて行く国道E80号線は迫力満点!






2途中、休憩とガソリンコックをサブタンクに切り替える為、国道を外れ村道に入る。先には小さな集落が見える。





皆様にご心配おかけしている腰痛は完全に直りました!!
3あとは、指のこわばり・・。
ブレーキの握り方を修正中で、効果ありそうです。
←これが今までずっとしてきた握り方。レースの時もずっとこうだった。
(人差し指&中指の二本がけ)



4←今はこれに修正中。
(中指〜小指の三本がけ

ブレーキレバーの形状がちょっとフィットしていないけどこの握り方にしてから、指の状態が良くなってきている感じがする。



5隣国イランが近付いているせいか、トルコ軍の基地、車両が増えてきた。
あちこちに小銃を持つ兵士の姿も。




ヴァンで有名なのは、トルコ最大の湖、ヴァン湖。
そしてこのヴァン湖には怪竜 ”ジャノ” が棲むと言われ人気があるのだそう。

6だいぶ、待ったんだけど、ジャノは出てこなかったなー。

ざばーーーーー!!!って出て来そうな気もしたんだけど。





それから、ヴァンで有名なのは「ヴァン猫」
遺跡もいいけど、動物もいいなと思いこのヴァンでは猫を見に行くことに。
中1になる娘が猫大好きなので写真を送ってあげたかった。

↓これがヴァン猫。何が特別かわかりますか?
789






そう、なんと目の色が左右、違うのです。片方がブルー、片方が琥珀色☆
めちゃめちゃ、賢くて、清潔で、人懐っこい猫で、ちょっと驚いてしまいました。
実は私、猫は苦手だったので。ヴァン猫なら飼ってもいいかな〜、なんて。

話しは前後しますが、このヴァン猫を見るために、まずホテルのフロントで聞くとここから12キロ離れた「ユズンジュ・ユル大学」内にいるというので向かう。
大学内は広大な敷地で全くどこにあるかわからない。迷いに迷っているところで教えてくれる警備員(Erdem = エルデムさん)がいた。彼をバイクの後ろに乗せてその場所まで行ってもらうことになった。
バイクの後ろに彼が乗ると何か叫んでいる。ゆっくりいけ、と言っているのかと思い低速で走ると、

「SPEED! SPEED!!」と言う。もっとスピート出せってことね(^^;)

ぶおーん!と強い加速をするとかなり喜んでいる。
目当てのキャットハウスは、ある大学教授が管理する研究所棟の中にあり、あえて一般に公開されているわけではないがこのエルデムさんのお陰でゆっくり見る事が出来た。

見学を終え、エルデムさんが居た元の場所まで一緒に戻ると、是非、チャイでも飲んでいって!と勧めてくれるので彼のオフィスに入る。すると彼の弟君も二人やってきた。しばらく4人でいろんな話しをする。

1011歳のユック、と16歳のエレン。






11「お腹すいてない?」
といいつつ、チーズをエキメキというナンみたいな生地で巻いたトルコ風サンドイッチをいくつも作って食べさせてくれた。




12私のバイクにとっても興味があるみたい。







「是非、今日の夜、僕達の家にも来て来て!」
とかなり強く(笑)、三兄弟が誘ってくれるのだが残念ながらやる事が沢山あるため丁重に行けない理由を伝えると残念そう。私も残念なのは山々。。

お互いの連絡先(電話番号、フェースブック)の交換をしてからホテルに戻らねばならないのでその場を後にすることに。

弟君たち二人もバイクに乗せて欲しいというので、短い距離だが一回りづつしてあげると大喜び!
かなり別れを惜しまれつつ、彼らと別れ大学を後にした。
とっても楽しいヴァンの滞在となり素晴らしい思い出となった。

ホテルのあるヴァンの町に戻る途中、ガソリンスタンドで給油。
13今回はついに、前回の給油から走行距離968キロ。
もう少しで1000キロ!(嬉)
燃費、28.5km/Lを記録。




14給油中、スタンドの店員?オーナー?の子供っぽい子がやってきて、

「どうぞ」とクッキーを差し出してくれる。

もーなんで、そんなに自然体で親切なん?!!(笑)


トルコ滞在最後の町でもとっても多くの方の親切や、優しい気持ち、旅人に対するおもてなしを沢山受けた。今日だけでも、他にもこのブログで書ききれない沢山のことがあった。

トルコ滞在、最終日になってやっと、

「テシェキュレール」を言えるようになった。

どこの国でも心のこもった「ありがとう」はとってもよい言葉だ。
そして自然体で、他人に優しく出来ることが何より大切だよね。
和光小学校

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