~ワールドドリームツーリングプロジェクト・日本事務局~
2011年08月
~ワールドドリームツーリングプロジェクト・日本事務局~
走行距離:400キロ
出発時間:9:30
到着時間:15:30
天候:晴れ時々曇
気温:18℃
足の痛みがなかなか引かないことに少々いらだつ。
夜中に目が覚めるため、睡眠時間確保に毎晩、早寝の日が続く。
共同トイレは朝が大変!
長い人が先に入った日には、行列が通路に出来る。(笑)
頼んでおいた朝食が8:00前に部屋に届いた☆
200ルーブル(560円)
このおかゆが、たまんなかった・・。(苦笑)
ライスを温かいミルクに漬け込んであるまではいいのだが、砂糖たっぷりの甘さに、その上に、大きなバターの塊がドッカリ。
一口食べただけで完食する自信が失せた 。
一体、どんな味覚なんやー・・(笑)
基本、昼食休憩しないで走る私としては、朝食はしっかり食べておかないとと思い、一生懸命、スプーンで口に運び、苦い紅茶で胃に流し込む、そしてピロシキで口直し、を繰り返していたが、さすがに三分の一ほど残してしまった。
ピロシキは美味しかった気がする。。
さあ、荷物をまとめて出発!
と思ったら、ガレージの鍵を持つオーナーが出かけていて不在。
それについて宿の人が何か言っているが言葉が判らず・・。
どれだけ待てばいいのやら。
結局、待つこと20分。
少々イライラしたが、宿に住み着いた生まれて間もない黒猫と遊んでいると気が紛れた。
私にとってこの時間は長く感じたが、この町の人にとってみれば、呑気なもの。
「人生、焦るな 、急ぐな」そう何処かからか、声が聞こえてくるようだった。
宿を出て、飲み物を買い、ガソリンスタンドへ。
まるでタイムスリップしたような光景だ。
ロシア製の乗用車、トラック、そしてサイドカー付きのバイク。
実際は判らないが、皆、30年以上前に作られた物のよう。
少なくとも設計はその頃でしょう。
幹線道へ出て走り続け、今日の目的地であるスコボロジノの手前、100㎞地点でバイクを停める。
気温は15℃。
緯度で言えば、樺太の先端とほぼ同じ位置で、北海道の先端、宗谷岬よりさらに日本一個分、北。
陽が陰るのも手伝って、実際の気温より寒く感じる。
白樺がうっそうと茂る。
短いシベリア鉄道貨車と行き会う。
パーキングエリアで見たカンガルー便。
でも、これ今も西濃運輸の車なのかなあ・・?
途中、二台のツーリングライダーとすれ違い、お互い大きく手を振る♪
このシベリアに入ってから初めてだな。
彼らは何処から来て、何処まで行くんだろう。
そしてどれくらいの期間、旅をするのだろうか。
止まって情報交換すれば良かったと後悔。
目的地のスコボロジノ付近に来るとどういう訳か標識が突然、なくなった。
25㎞ほど往復するが見当たらない。
工事関係者に聞くも言葉が判らず・・。
一箇所だけ、あそこかな・・ 、と思うダート路があったが。
新たに標識が出て来たのは、170キロ先のマクダガチだ。
一瞬、マクダガチまで行くか、とも。
しかし、無理は禁物。
一応、もう少し進んでみると、ネベルという町が幹線道から5キロ外れたところにあることが標識で判った。
行ってみると、とてもとても、小さな町、いや、村だった。
村の中心、駅近くに佇ずむ初老の男性に宿を尋ねるも、この村にはなく、幹線道近くに戻った所だと。
まさか、あそこか?という場所まで戻り、聞くとそうだった。
その宿は左右を工事現場と、土砂の採掘現場に囲まれていた。
ただ外観と比べ部屋は小ぎれいで良かった。
これ誰のですかー?(笑)
犬にからまれる。
いつものように混み合う前に共同シャワーを使おうとすると、お湯と水が、蛇口の付け根のあちこちから吹き出し、温度も安定しない。
そして、そのうち蛇口そのものが、ボン!と取れてあたり一面水浸しになりかける!(苦笑)
シャワーは諦めてタオルで身体を拭くにとどめた・・。
宿の女性に食事を聞くと、裏手にカフェがあると言う。
宿に着いた時、チラッと見たけど裏手にはそれらしきものなどはなかったけどなあ・・。
行ってみると、・・あるじゃーん!
中に入ると、愛想の良い女性スタッフが心が和ませてくれる。
そこで、出て来たものは、ボルシチとカツレツライス。
ボルシチってのは日本で言えば味噌汁みたいなもので、各地で入れる具が違うんだね。
ここのボルシチはイマイチだったけど、カツレツライスは旨かった、・・と感じた。
やっぱり人の笑顔が味を変えるんじゃない?^^
【シベリア宿情報】
国名 ロシア
都市名 ネベル
ホテル名 САУНА
電話 8 914 579 56 96
住所 シベリア横断道路からネベル方面に入ってすぐ右側。工事現場に挟まれている。
料金:850ルーブル(素泊まり)2400円
一部屋を二人でシェアすればさらに安くなる模様
ネット環境 なし
衛生環境 普通
特徴や感想 トイレ、シャワー共同。裏手にカフェあり。
2011年8月14日(日)
走行距離:370キロ
出発時間:10:30
到着時間:15:30
天候:晴れ時々曇り一時雨
気温:18℃
このブログは「ニッポンを元気に!!」という願いの元、世界の子供の声を届けるという目的の他に、私の安否情報と備忘録も兼ねています。
高齢の両親も含め多くの方が見てくれていますのでご心配はかけたくありませんが真実を記したいと思います。
モンゴル草原での転倒後、すでに10日が経ちましたが、夜中は毎晩、痛みで目が覚めます。
実際は捻挫だけでなく、おそらく圧迫骨折しており、靭帯も損傷しているかもしれません。
ウランウデの薬局で購入した塗り薬は成分が強いせいか、古傷が炎症を起こしたので使用を中止しました。
今は手持ちの消炎作用のある保湿ジェルを塗り、濡れタオルで冷やしながら寝ています。
ただ、恐縮ながら「ご心配は無用です」という姿勢は変わりません。
このくらいの痛みと怪我なら今までも痛み止めを打ちながらレースにも参戦していました。
不思議とバイクに乗っている時は痛みが緩和するのです。
やっぱ、極め付けのバイク馬鹿ですね。
それから、今日、走ってて思い出した事があります。
2000年の「鈴鹿8耐」では、スタート一時間後に後続に追突され転倒しました。(追突したライダーは今も世界を舞台に大活躍!(笑))
事故のあったコーナーは超高速コーナー「130R」で、時速250キロからの転倒だったため、右足首を激しく骨折しました。
(今回と同じ箇所)
マンガや、映画だったら、そこから傷付いたマシンを押してピットに戻る筈ですが、悔しいながら足を地面につく事も気を失う程の激痛だったため叶いませんでした。
結果はそれでThe End.リタイアです。
多くの応援団も駆けつけてくれてたのに。
あ、思い出した!
応援に来てくれてたと思った某(当?)サイトの管理人はその時、遊園地のプールに行っていた!(笑)
大ゲサでなく僕にとっては、命と人生を全て賭けて参戦してきた鈴鹿8耐だったので、その悔しさは表現出来る限界を超えています。
あの時は、本当にピットに帰りたかった。(涙)
今、取り憑かれたように走るのはそんなことからもありそうです。
自分でも呆れるほどです。笑ってもらえればと思います。
だから「薬はバイク!」なんて言いながら今日も元気に乗るんです!(^^)
寒さで凍りついてるの?
と思わせるほど、ここの宿の人達は笑顔が少ない。
確かに冬は氷点下、40℃の場所だ。
朝食は、9:00からというので併設のカフェに行く。
無愛想にオーダーをとって、料理を何も言わずテーブルに起き、去って行く。
寂しいなあー(笑)
食事の味って雰囲気だなと改めて思う。
笑顔のある所なら、何でも美味しく感じると思うんだけど・・。
荷物を積んで町を出発!
ロシア正教を表現するものなのでしょうか。
可愛いデザインですが、家屋そのものとは凄いミスマッチ。(笑)
でも、これがいいのでしょう。
日本の中古車を見かけることが増えて来た。
幹線道からモゴチャまでは景色が良く気持ちイイ!
白樺、針葉樹林、多くの川、大草原、変わるがわるの景色。
今日は日曜日だからか、ピクニックをしているグループも。
ついに標識にモゴチャの文字!
この町も事前に宿情報を得るのに苦しんだが、各方面からのご協力により、やっと二軒だけ、情報が得られた。
一軒は、モゴチャ駅舎上兼用の宿。
もう一軒は場所は判らないが、過去泊まった人がブログにアップした宿の外観の画像がある。
もし宿が見つからない場合は、現地の人にその画像を見せようと。
町の中心少し手前にいた、暇そうなタクシードライバーに声をかけ、ロシア語で用意しておいた「ホテルを探しています」という文を見せると、じゃあ、ついて来てと、真っ直ぐ向かって到着した場所は、画像の宿!
気さくで楽しい運ちゃんだった^^
日本で言えば、完全に民宿。
宮城県のレースサーキット「SUGO」の近くのいろは荘(だったか?)を思い出す。
ただ、シベリアに入って感じるのは宿の建物は古くても、部屋の中の雰囲気がファンシー(笑)
枕カバーもシーツも壁紙も花柄だったり。
別料金だが、夕食と朝食を用意してくれた。
【夕食】350ルーブル(970円)
(ボルシチ/トマト&チーズ/パン/特製?ジュース)
うーん、しかし相変わらず笑わないなー、特に女性。
笑わそうとしてんだけど。
【シベリア宿情報】
国名 ロシア
都市名 モゴチャ
ホテル名 ЗАХОДИ
電話
住所 モゴチャ駅近く
料金:1400ルーブル(素泊まり)
ネット環境 なし
衛生環境 普通
特徴や感想 トイレ、シャワー共同。
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2011年8月13日(土)
走行距離:270キロ
出発時間:9:30
到着時間:14:00
天候:晴れ時々曇り
気温:15℃
北上しています。
すでに日本から考えれば、北海道を大きく越え、樺太(サハリン)の北端に緯度が近いくらい。
なので標高は700m程度と大して高くないが、朝、晩の寒さは油断すると風邪をひきそうです。
チタのホテルを出発し、ガソリンを入れ、スタンドに居たドライバーにネルチンスク方面の町を聞いてみると、親切に地図まで書いて教える。
スタンドのスタッフのあんちゃんはわからないと言った。
そんなに小さい町なのかな・・、と少々不安がよぎる。
最高に気持ちイイ道が続く☆
工事中の箇所が所どころ現れ、突然のダートにドキッとさせられる。
戦車の積載車か?!標識がある度、何度も止まって地名を確認する。
チタから240キロ走ったあたりで、ついにネルチンスクの表示が出て来た。
右折して、30キロ先となっている。
その道はダート。雨が降ったようで一部ぬかるんでおり、そして私の天敵?の砂地もある。
慎重に走っていると、何台かすれ違う車があるのだが、目を疑う車両が登場!
「カンガルー便」と日本語で書いてある!
路面が路面だけに、写真撮影は出来なかった。
カンガルー便は西濃運輸。本社は私の故郷の岐阜県だ。
こんな所まで配達してるのかと思うと結構、感動☆
ラスト数キロのみ、舗装路になった所でネルチンスクの町に入った。
山の麓に横たわっているのが高い丘を越えた時に確認出来た。
元々、山間と草原だけの中を走る幹線道から、さらに30キロも山方面に入った町はどんな町なんだろうと思いながら進む。
ネルチンスクの町は人口1万5000人ほどのとても静かな町。何故か、廃墟が多く目に付く。
私が目指す宿は名前も分からず、目印は隣がカフェと自動車修理工場とだけ。
ただ、その通りの文をロシア語で用意しておいて、野生のカンで、この辺りだろうと思うガソリンスタンドに居た人にそれを見せて尋ねると50m先でドンピシャだった!
何故か、そこで子連れの笑顔が素敵なロシア美女が話しかけてきて、楽しそうに何か一生懸命言ってくれるが話が全く通じず、悲しかった。(笑)
ここだ、ここ!
このモーテルも素泊まり1800ルーブル(5000円)。二人部屋をシェアすれば900ルーブルだと。
トイレ、シャワーは共同。
早い夕食を隣のカフェで摂ることに。
初ボルシチを注文してみるが、冷めてて旨くない。モーテルの隣の部屋の男性とカフェで一緒になった。
敷地に置いてあるバイクを見て君の?というジェスチャー。
そうだよ。と。
それ以降の会話は全く成立せず、終わってしまった・・。(悲)
【シベリア宿情報】
国名 ロシア
都市名 ネルチンスク
ホテル名 ВИНИЧЕНКО Т.В
電話 8(30242)4-10-38
住所 シベリア横断道路から町に入る道を進み、29キロ走った所にある踏切、GSを通過後、左側。
料金:1800ルーブル(素泊まり)
一部屋を二人でシェアすれば900ルーブル。
ネット環境 なし
衛生環境 良好
特徴や感想 カフェと自動車修理工場が併設されているので便利。
走行距離:490キロ
出発時間:7:30
到着時間:15:30(時差+1h)
天候:曇りのち晴れ
最低気温:8.5℃
早朝、外に出ると吐く息が白い。
8月上旬で夏真っ盛りのはずなのに。
真冬は想像するのも嫌になるくらい厳しいものになるのだろう。
ガレージからバイクを出しホテルの方とお別れをする。
誰もいない早朝の町・・の筈が、ロシア製の車が一台、ホテル脇のあぜ道にエンジンをかけたまま止まっている。
アイドリングだけでも、静まりかえった町に響く。
中には厳つく、眼つきの鋭い男性が三人乗って私をずっと見ている。
あえて話しかけてみた。
「チタへの道はどっちかな?」
車から降りてきたのは軍警察のようで、笑顔で教えてくれた。
私が出発する時になると、クラクションを小さく鳴らし、着いてこいと合図をする。
結局、3キロ近く走って幹線道へ出るまでの道を案内をしてくれた。
幹線道に出ると、チタまで468キロと出ている。
気温が下がり、8.5℃になった。
思わずバイクを停め、インナージャケット(ラフandロード)を着込む。
やっと震えが止まった。
しん、と冷えきった夜明けの空気を切り裂いて進む。朝陽に向かって走るようになって、もう何日目になるんだろう。
チタまでの長い道のりの途中、工事関係者が手を振ってくれる。
また、私が抜いていった車が、その後、私が停車している時に優しくクラクションを鳴らして手を上げてくれる。
こんなことだけでもとても嬉しく感じる。
なんとなく物悲しさを感じさせる枯れた白樺達
草原地帯
時には湿地帯が現れる
長い移動の後、遠くに街が見えてきた。チタは人口30万人超えの大きな町だった。
町の中心に入り、一瞬、iPhoneのローミングを効かせて地図でホテルを検索した場所に着くも、それらしきものはない。
ふと気付くと私に近づこうか、どうしようか、あぐねている感じの若い男性がいる。
私から声をかけるとすぐに寄ってくれ、英語が少し話せる希少な人だった。
探しているホテルを伝えると場所が全然、違うよう。
簡単に教えられる場所でないらしく困っている所に、車に乗った人が
「どうした?」
と声をかけてくれ、私がホテルを探している旨を彼が通訳する。
「五分待ってくれたら、ホテルまで連れて行くよ」
と言ってくれ、本当に五分後に迎えに来てくれた。

2-3キロある距離を案内してくれた。本当、みんな親切だなあ。
着いた宿はモーテル。
受け付けに近付き、座っている女性に話しかける。
まず、英語が出来るか聞いてみよう。
山田「Do ・・」
女性「No!」
早っ!まだ、ドゥ、しか言ってないのに・・。(笑)
素泊まりで1800ルーブル(5000円)。
ロシアは結構、安くない。
何でも日本並みな感じ。
足の都合で夕食を食べに外出出来ないが、昨日のホテルでスタッフが仕入れてくれた食料がまだある。
二日続けて夕食はカップ麺になった。
Wi-Fi(無線インターネット)が使える部屋だったのでこの先の道路状況や宿の情報を収集しているうちに電気も付けっぱなしで眠ってしまった。
【シベリア宿情報】
国名 ロシア
都市名 チタ
ホテル名 Panama City Hotel
電話 8-3022-44-32-32
住所 ウランウデ方面からM55でチタへ入る最初のロータリー近く
料金:1800ルーブル(素泊まり)
ネット環境 Wi-Fiあり無料
衛生環境 良好
特徴や感想 有料で朝食あり
リアルタイムではハバロフスクに無事、到着致しました。
やっとインターネットが繋がる所に来れましたので、アップ出来なかったブログを本日から少しづつ上げて参ります。


2011年8月11日(木)
走行距離:210キロ
出発時間:10:00
到着時間:14:00
天候:曇りのち晴れ
気温:20℃
三泊お世話になったソヴィエト広場の前のホテルを出発し、次の町に向かう。
ただ、今朝までに得られた情報でヒロクには今現在も宿は無いと判明した。
先人のブログにヒロクの100キロ以上手前になるが、ペトロフスクザバイカリスキーという舌を噛みそうな長い名前の町に宿が存在する事が判ったので予定を変更しそこへ向かう。
まずはロシア初のガソリン給油。1リッターあたり、70円ほど。ロシアにしちゃ高いと思う。
ここは完全セルフで、先払い。
前払いシステムは上手く、満タンに出来ないのでキライだ。(笑)
ここロシアでもナビのマップデータは発売されないのでこのGPSは方角を示しているだけ。
また、iPhoneのマップ機能もソフトバンクの海外パケ放対象外のエリアなので、そのまま使うとパケ死する。(笑)
実は、モンゴルではそれを承知でローミングをつなぎ、迷った道から復帰が出来たが、その後、ソフトバンクから「パケット通信料が3万円を越えました」とSMSが飛んできた。
「お前はもう死んでいる」という感じです。
ひでぶーっ!
そんな事なので、とっても不安に駆られながら、ウランウデの街から離れる。
ただ、期待通り、別れ道では必ず丁寧に大きく標識が出ているのでほっとする。
目指す街のロシア語の表記さえ判れば何とかなりそうだ。・・かな?!(笑)
一部工事区間を除き、舗装路で走りやすい。
足さえ調子が良ければあちこちで止まって写真撮影をしたい場所が沢山ある。
シベリア鉄道とバイカル湖からの支流だろう川と並走出来る場所は本当、シベリアの旅ならではのもの。(残念ながらその写真はありません)
M55という国道から外れ、順調に目指す町に入ることが出来た。
左方面がペトロフスク ザバイカリスキーと書いてあるんです(笑)ちなみに、標識は弾痕だらけ。(怖ー)大口径のものも見えます・・。
辺りは山に囲まれ、家畜が少しと、草原が広がる農村部だ。
しばらく行くと、集落が見えてくる。
小さい村でここなのか・・と一瞬不安になる。
バイクを停めて辺りを見回ていると、高校生くらいの男の子達が寄って来て握手。
ホテルを探して居る旨を告げるとずっと先だと。
この集落は全然町の中心ではなかった。
西から東京に向かう道で例えると手前の川崎のような感じだろうか。
さらに7人程に聞きながらやっとホテルに到着。
言葉は通じないが皆、とっても親切。
古いビルの一部がホテルになっており階段を3階まで上ると簡素な受付があった。
ホテル裏手のバイク置き場から荷物を運んでくれた。1300ルーブル(3600円)でシャワー付きの空き部屋があった。
私が酷く足を引き摺っているのを見て、スタッフの皆が開口一番、医者に行かなくていいのかなどと心配してくれる。
それより食事は出来るのかを聞くと、そのサービスはなかったのだが、男性のシェルゲーさんが、なんと、明日の朝食までの食料を買い出しに行ってくれた。
バイクから私の荷物を部屋まで運んでもくれたので、お礼と思い、買い出しのお釣りの小銭を渡そうとするが受け取らない。
まるで、「手負いの旅人から金なんか受け取れるか」という姿勢だ。
何とも感動して泣けてくる。
その後も、何度も「ヤマーダー」と言いつつ、コップ、皿、包丁、スプーン類を持ってきてくれた。
女性スタッフは特別にシェルゲーが買ってきてくれた冷凍食品のペリメニ(ロシア水ぎょうざ)を調理してくれる。
メインディッシュはカップラーメン。モンゴル最後の町、スフバートルで食べたのと同じだった。
作りは古く、ベッドは小さく酷くキシム。途中で温水が出なくなったシャワー、そして水そのものが紅茶色。
それでも、人が温かい。
こんなシベリアの片田舎の小さく、静かな町でこれ程の人からの親切にあやかるとは・・。
完全に寂れて見えた窓からの町の景色が違うものに見えてくるのは気のせいだろうか。

足の養生も芳しいとは言えないが、いつまでも回復を待つ訳にいかないので明日出発することにする。
このウランウデはロシアの中であるも、ブリヤート共和国の首都である。
淡水湖では世界最大のバイカル湖を有するなど見所は沢山!
でも、今回は一切、外出せずシベリア横断の旅の準備のための情報を集める滞在となった。
ここで、私のシベリア横断ルートをお伝えすると以下のようになります。
ウランウデ→ヒロク→チタ→ネルチンスク→モゴチャ→スコボロジノ→シヴァキ→ブラコベシチェンスク→クリドゥル→ハバロフスク→ダリネレチェンスク→ウスリースク→ウラジオストック
明日、向かうヒロクの町のことを調べると、宿泊施設がないらしい・・。
あう・・。(笑)
先人達のブログを見るとテント泊などを公共施設でしている模様。
私はテントを持参しない旅なのでどこに泊めてもらえるか今からかなり不安でございます(苦笑)
時が経ち、ホテルの一軒でも立っていれば良いのだが。
中国残り分(トルファン~エレンホト)の画像を全てアップいたしました!
カメラマン(ガイド)撮影の画像も一部あります。
是非ご覧頂けると嬉しいです^^
2011年8月9日(火)
本日は一日中、ホテルに籠り、足の養生とブログ作業をしております!
インターネットがたまに切れたりしますが、久しぶりにWi-Fiが繋がるホテルで有り難いです。
足の状態も、僅かながら良くなっていることを感じています。
「絶対に、骨折してるやろ!」
・・という方もいますが大丈夫ですよー^^;
一応、明後日に出発しようと思っています。
あ、ちなみに時差はなくなりました!
日本と一緒です。
でも、この先のウラジオストックまで行くと、日本を追い越して2時間進むみたいです・・。 よく判りません(笑)











