2011年5月17日(火)
今日はクロアチアに引き続き、元ユーゴスラビアだったボスニア・ヘルツェゴビナへ向かいます。歴史を調べてみると大変な道のりを経て今に辿り着いているといった感想の国です。
旅をする上でこちらも貴重な経由地となりそうです。
表情は控え目だが人は優しいと感じたクロアチアの首都ザグレブを離れ、向かうはバニャ・ルカ。
ボスニア・ヘルツェゴビナという国はその名の連邦国ともう一カ国、セルビア人主体のスルプスカ共和国との共同構成体という独特の国で、このバニャ・ルカはスルプスカの首都的な存在になるとのこと。うーん、全く知識がなかった場所です。。
途中の道のりは至って平和そのものの田園風景。
クロアチア出国国境です。ここではパスポートチェックがありスタンプをバーンと押されました。
ちなみにスタンプを押していた婦人警官がこの世のものとは思えないほどの美女で、えっ?ええ〜っ@@と二度見してしまいました。
次はボスニア・ヘルツェゴビナ側の国境です。
こちらの担当の警官は普通のおっさんでした。
郊外の街の住宅地。庭付きの一戸建てです。
年式の古い車を多く見るようになってきたことに気付きます。
何?! 「盆栽」?!

いい風景です。
踏切の遮断機の昇降は毎回おじさんの手動です。
ついにバニャ・ルカに到着!


ゴスボドスカ通り。
泊まったホテルの近くに繁華街があり、東京/渋谷の109前のように若い男女が多く繰り出していて楽しそう♪
天気は曇り空。ロシアっぽい天気といえばイメージ湧きますか?
立派なセルビア正教会。
トルコ時代に栄えた城塞。近代になってからこの中に刑務所が作られ、今はレストランになっています。ツーリストインフォメーションで一押しのレストランだったので行ってみることにしました。
本当にこんなところにレストランがあるの?と思い、城壁沿いに歩いていくとありました。
ここが入り口。
リゾットを注文。
おー、確かに美味しい☆
でも安くない。日本円で1000円くらいしました。

内戦の影響を魂で感じる。。
泊まったホテルは何と、屋根裏。。かなり狭いけど気になりません^^
【PALACE HOTEL BANJALUKA EUR40】
ホテルの脇に「JAPAN」とうたったお店があるけど店内に日本人の方は見ませんでした。かつてこの街に日本から公共交通機関用にバスを贈るなどの支援があったようです。
子供インタビューがしたくて、食事をした城跡の敷地内に10歳くらいの男の子を連れた親子がいたので話してみると奇麗な英語を話すスイス人で旅行に来ている方でした。その方曰く、このボスニアの方々は英語を話す方がかなり少ないとのこと。確かにホテルの方、レストランの方もかなり流暢ではない状態なのでこの街ではすることを断念。残念。。
明日は早めに首都、サラエヴォに移動して頑張るぞっ☆
今日はクロアチアに引き続き、元ユーゴスラビアだったボスニア・ヘルツェゴビナへ向かいます。歴史を調べてみると大変な道のりを経て今に辿り着いているといった感想の国です。
旅をする上でこちらも貴重な経由地となりそうです。
表情は控え目だが人は優しいと感じたクロアチアの首都ザグレブを離れ、向かうはバニャ・ルカ。
ボスニア・ヘルツェゴビナという国はその名の連邦国ともう一カ国、セルビア人主体のスルプスカ共和国との共同構成体という独特の国で、このバニャ・ルカはスルプスカの首都的な存在になるとのこと。うーん、全く知識がなかった場所です。。
途中の道のりは至って平和そのものの田園風景。
クロアチア出国国境です。ここではパスポートチェックがありスタンプをバーンと押されました。ちなみにスタンプを押していた婦人警官がこの世のものとは思えないほどの美女で、えっ?ええ〜っ@@と二度見してしまいました。
次はボスニア・ヘルツェゴビナ側の国境です。こちらの担当の警官は普通のおっさんでした。
郊外の街の住宅地。庭付きの一戸建てです。
年式の古い車を多く見るようになってきたことに気付きます。
何?! 「盆栽」?!
いい風景です。踏切の遮断機の昇降は毎回おじさんの手動です。
ついにバニャ・ルカに到着!


ゴスボドスカ通り。泊まったホテルの近くに繁華街があり、東京/渋谷の109前のように若い男女が多く繰り出していて楽しそう♪
天気は曇り空。ロシアっぽい天気といえばイメージ湧きますか?
立派なセルビア正教会。
トルコ時代に栄えた城塞。近代になってからこの中に刑務所が作られ、今はレストランになっています。ツーリストインフォメーションで一押しのレストランだったので行ってみることにしました。
本当にこんなところにレストランがあるの?と思い、城壁沿いに歩いていくとありました。ここが入り口。
リゾットを注文。おー、確かに美味しい☆
でも安くない。日本円で1000円くらいしました。

内戦の影響を魂で感じる。。
泊まったホテルは何と、屋根裏。。かなり狭いけど気になりません^^【PALACE HOTEL BANJALUKA EUR40】
ホテルの脇に「JAPAN」とうたったお店があるけど店内に日本人の方は見ませんでした。かつてこの街に日本から公共交通機関用にバスを贈るなどの支援があったようです。子供インタビューがしたくて、食事をした城跡の敷地内に10歳くらいの男の子を連れた親子がいたので話してみると奇麗な英語を話すスイス人で旅行に来ている方でした。その方曰く、このボスニアの方々は英語を話す方がかなり少ないとのこと。確かにホテルの方、レストランの方もかなり流暢ではない状態なのでこの街ではすることを断念。残念。。
明日は早めに首都、サラエヴォに移動して頑張るぞっ☆


このブログにコメントするにはログインが必要です。
さんログアウト
この記事には許可ユーザしかコメントができません。