2011年8月29日(月)
朝9:00に現地ガイドのロマンさんと待ち合わせ。
先週のうちに終わらなかった諸手続きのために通関、荷役場、フェリー会社を廻る。
一番手間のかかる通関では、担当の女性が急遽休みだったりと、乗船が間に合うかヒヤヒヤしたが、今日はとても親切な別の女性が対応してくれたお陰で全ての手続きを終えることが出来た。
これで、水曜の午後発の船に乗れる!
通関オフィスを出た所で、ロマンさんが静かに拳を私に向けてきた。
私も拳を出して、合わせる。
握手代わりの喜びの表現だ。
次に向かったのはウラジオストック港駅だ。
ここは、シベリア鉄道のウラジオストック駅と、すぐ東側にある港の船着き場が専用通路で繋がっている。
港は軍港にもなっていて大型の軍艦が数隻、とてつもない存在感で岸壁に浮かんでいる。
私が乗る船は、韓国船籍のフェリー会社「DBS」で、ウラジオストック(ロシア)~東海市(韓国)~境港(日本)を結んでいる。
最初、請求されたバイクの輸送料の金額は事前に聞いていた金額より高かったのだが、担当者の間違いで訂正された。
私が日本人であることから、ウラジオストックから鳥取県の境港まで行くと勘違いしたらしい。
そりゃ、そうだ。韓国で途中下船するなんて考えないかもね。
ウラジオストックホームにある
「9288キロポスト」
これは、シベリア鉄道のモスクワからの距離!
果てしないほどのこの距離をつなげてあることに、ロシアの国力を感じさせられる。
ウラジオストックからモスクワまでシベリア鉄道で7日間だという。
鉄道の旅もいいよねー、と、どの季節が一番良いのか聞いてみる。
「僕が走ったこの季節も最高に良かったので、この時期くらい?」
すると、一番いいのは5月か、9月だと。
「寒くないの?」と聞くと、
「寒いって気温、何度?」と。
「うーん、10℃切ったら寒いよね」というと、
ちょっと冷笑され・・、
「じゃあ、7月か8月でしょう」とのこと。
ロシア人の彼らにとって寒いとは、氷点下からやっと始まるようだ。
ひゃー。
ここで買い物の必要性が発生した。
金曜に、港の保税事務所にバイクを預け、その時点でバイクのトランクに入れた荷物の出し入れは一切出来ないと言う。
ここでは船へのバイクの積み込みは、自分が乗車して船に載せるのではなく、荷役担当者がフォークリフトで載せるんだとか。
おいおい大丈夫かー。
とっても不安です。(苦笑)
なので普段、バイクに積んでいる巨大なバッグや、身につけているブーツ、ヘルメット、ウエアなどは、全て手荷物で持ち込まないとならず、そのためのバッグと、キャリーが必要になってしまったのです。
そんなため用のバッグはバイクのトランクに入れてあったのに、それもキャリーと一緒に買わないといけない。
もう、もったい無い!
韓国からバンクーバーへ飛行機で渡る時も同じ状況なので今、準備しておけば後から楽でもある。
何カ所も、何軒も、店を廻った後、一番品揃えが多いマーケットへ行く。
主に中国人が営んでいる商店が処狭しと軒を連ねている場所に到着。
休日であればスゴイ人出になりそうなエリアで、東京で言えばアメ横みたい。
「スリに気を付けて」とロマンさん。
ここでも沢山の店を廻ったが、私が欲しいものは見つからなかった。
私が探していたのは、大きいバッグを載せてゴロゴロ運べる折りたたみ式のキャリーだったのだがこの町では一切入手出来なかった。
結局、大型のスポーツバッグに取っ手とホイールが付いたものを購入。
これで何とか代わりになりそうだ。
ちなみにこれを買う時に、値段を聞くと、中国人のアンちゃんが、
2200ルーブル(5800円)という。
高いよね、と私とロマンさんでぼそぼそ相談。
山「じゃあ、違う店でこれより小さいバッグが1300ルーブル(3400円)だったのでその金額で聞いてみたらいいかな?」
ロ「そうですね、そこから交渉を開始しましょう」
ロ「1300ルーブルになんない?」
店「はい、いいですよ。でも1400ルーブルね。これ最低価格。」(早っ!)
山「なー・・。」Σヾ( ̄0 ̄;ノ
ロ「あー・・。」(; ̄Д ̄)
山「じゃあ、1400ルーブルで・・。」
あとから、僕とロマンさんで、500や、1000ルーブルから交渉を始めても良かったかもね、と。
教訓になりました・・。
ホテルに戻り、荷物を詰め込んでみるとバッチリOK。
これでカナダ行きの飛行機の時も大丈夫そうだ!
街中を走る市民の足、路面電車。
かなりの年代ものです。
線路も草がぼうぼうだったので使われてないと思っていましたが、現役、大活躍です。
2011年8月30日(火)
一ヶ月弱に渡ったロシアの旅もついに今晩で終わります。
明日は韓国へ向かうフェリーに乗ります。
(順調に行けば・・)
今回のシベリアの旅は、脚の怪我の影響で、町の散策、観光、写真撮影、地元の人との交流がかなり、少なかった。
気が付けば、ここでお世話になったロマンさんの写真さえない。
何しとんじゃボケ!と自分にいう・・。
何かと言えば、痛みに耐える悪戦苦闘の日記になってしまったことも、このサイトを見てくれる皆さんに申し訳なくて仕方ない。
本来、シベリアは観光名所も多く、美しく素晴らしいところだったのに。
このシベリア横断を中心にしたロシアの旅を少し振り返ってみた。
何人かから、サムライ、サムライと言われた。
中には、こんなことを言う人も。
貴方は、おじいさんのおじいさんを辿るとサムライですか?と。
「農民だよ」
少々ガッカリされた。(笑)
確かにロシア人は日本男児を皆、サムライ気質があると思っているとのこと。
悪い気がしない反面、シャンとしなければという気になる。
そして、こんなことも。
「一人で、バイクで、シベリアを走って来たって?」
「危ない思いをしなかった?」
何も無かったことを告げると、驚かれ、それは珍しいと言われることも何度か。
ここでの危ないとは、人災、天災、何を指しているのかは判らないが、恐らく両方だと思う。
私にとってのこのロシアでの旅は、見事になほど何も問題はなく、どんな出来事があったと聞かれれば、
大層、人の親切に肖った、
という言葉に尽きる。
私にとってもロシア人の印象も大きく変わった旅となった。
私が今、感じているロシア人は、
真面目で、奇麗好きで、ぶっきらぼうで、女性は美しく、一見、シリアスで、日本、日本人が好きで、もてなしの気持ちが強く、強気をくじき、弱気を助け、楽しく生きることを強く求めている、
・・そんな印象だ。
そして、アフリカ大陸とユーラシアの二つの大陸を走破し終えた今、
最も感じていること、
それも、ショックなほど感じているのが、自分の
「無力感」
“世界に違いを作る” なんて日本で偉そうに人前で語って来たものがガラガラと完全に崩れ去った。
自分には、何にも出来ないことが一番判った。
私には、ネルチンスクのカフェで働く女性の凍り付いた表情を変えることが出来ないし、
コンゴの貧しい暮らしをしている人々を救うことが出来ない。
そして、イランで自由を制限された人生を送っている人達を助ける事も出来ない。
どんだけカッコ付けようが、
どんなに強がろうが、
沢山飾って見せようが、
思い切り背伸びしようが、
世界や、自然はとてつもなく、大きく、広く、歴史が長く、
慣習、政治、規制、思想、宗教、の前では個人、一人の力はまさに微力・・ではなく、完全に無力だ。
ましてや、作為的なもの、偽善的なもの、真実でないものにおいては世界と自然は何も微動だにしない。
それでも、子供インタビューをし続けることで、今、感性で心に残っていっているものは、
正直さ、夢、笑い、音楽や踊り、そして愛情、については、文句無く、人の心が揺さぶられる。
そして救われる。
今後、自分がするべき事がわずかに見えて来ました。
これからの生き方に大きな変化がありそうな今日この頃です。
まずはここまで、有難う、ロシア。
有難う、ユーラシア大陸、そしてアフリカ大陸。
ワールドドリームツーリングの第二章が終わったところで、明日、韓国へ渡り1週間滞在します。
北米大陸へのバイクの輸送等の作業に追われそうです。
9月7日(水)、韓国インチョン空港から大韓航空KE71(19:00)のフライトにてカナダ/バンクーバーへ渡る予定です。
(順調に行けば・・。笑)
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