オンダングア~アンゴラの最初に目指す都市、ルバンゴまで500キロ以上あるようなので今日も出来るだけ早く出ることにした。とは言っても朝食をとってホテルを出たのは7:00くらい。小一時間ほど走ると国境の町オシカンゴに到着。ナミビアの国境が8:00から始まるとのことで少し玄関前で待ちオープンしたところでイミグレーションで出国のスタンプをもらうためにパスポートを出す。係官が「アンゴラに行くのにレター(現地の誰かからの招聘状)を持っている?」というので「持ってないよ」と答えると「じゃあ、アンゴラに入国出来ないから、ナミビアの出国スタンプは押せない」という。確かに、もしアンゴラに入国を拒否されたらナミビアに戻ってこないといけなくなるが私のビザは再入国が出来ないものだった場合、ナミビアにも戻れず、アンゴラにも入れずで私の身柄が宙に浮いてしまう。ただ私がレター(招聘状)はないものはないと言うと「ではまず先にアンゴラの国境に行ってレターが無くても入国が可能か聞いてきてみて、それからOKだったらもう一度、ここへ戻ってきて頂戴。そしたらナミビア出国のスタンプを押してあげる」という。有り難い話しではあるがかなり面倒くさいし時間がかかる話しだ。さらに私がアンゴラ入国の際、レターが絶対必要であることを日本の大使館で聞いてないというと再度、ナミビアの係官がどこかにいって調べているようで20分ほど待った結果、「悪かった。レターがなくても入れる場合があるようです」と言ってスタンプを押してくれた。またそれでももしアンゴラで本当に入国を拒否されたら再度ここへ戻ってきていいですよと言ってくれた。通関窓口でカルネの出国スタンプを押してもらい出国は完了。次はアンゴラ国境へ。国境入り口からもう右側通行が始まる。少し戸惑う。駐車スペースにバイクを停めるとすぐさま二人の男が話しかけてくる。「国境屋」さんである。「入国手続きの作業を手伝いますよ」と言う。今までタンザニア以外は全て自分でやってきたので「大丈夫、自分でやるよ」というと「ポルトガル語話せるの?あっちこっちまわされて大変だよ」というのでそう言えばそうだと思ったが金額を聞いてみると$50という。それは高すぎるからやっぱりいいよ、自分でやるというと「もういくらでもいいですよ」というので終了後、私の言い値で支払う事になった。そこからが大変。やはり初っ端から入国イミグレで「レターがないと入国出来ません」と窓口の係員が言う。用意していないし、日本のアンゴラ大使館で必要であることを聞いてなく、ビザはちゃんとあることを告げると、エラい上司に確認後、別の建物に連れて行かれ私の旅程と目的を聞かれた。あくまで観光目的であり滞在するわけでなく一週間後にはコンゴに抜けることを伝えるとそのエラい上司が承認してくれた。無事、入国スタンプが押された。しかしその後、そのエラい上司が私のバイクのところにやってきて何か御礼が欲しいな、と。コーラを買って持ってきて欲しいと言う。常にそばに居た国境屋の二人も苦笑している。コーラは売っている場所がわからないので私はリンゴを二つ持っているのでそれをあげるというとえらく喜んで受け取っていった。その後もこのエラい上司が手間のかかる車両の入国手続きなどの時も常に国境屋の二人と一緒になって手伝ってくれた。リンゴ二個で安く済んだ。その後もとにかく全ての作業に途方も無く時間がかかる。係官の仕事がみんな本当にゆっくり。国境屋もえらく頑張ってくれたお陰で大分親しくなった。アンゴラではナミビアと一時間の時差があることも知り時計を戻す。やっと全ての作業が終わってついにアンゴラに入国したのはナミビア側の国境についてから4時間半!しかしもしポルトガル語の出来ない私が自分でやっていたら一日で終わっただろうか?(笑) ということで2名に合計30ドル渡した。あとは重量税のようなもので6000アンゴラクワンザ弱(約6000円弱)を支払った。この国境でUS$からアンゴラクワンザへ両替もした(両替レート:100ドル=8000クワンザ)まあこんなもんでしょう。国境最後のチェックポイントではバイクに積んである荷物の中身のチェック。係官は優しい感じの人だったが今までで一番厳しいチェックでここでも時間が結局30分ほどとられただろうか。
さてついに悲願のアンゴラ入国です!日本出国当初から懸念していたのがアンゴラビザの有効期限までに入国ができるかどうかを心配していました。特にナイロビでオートバイの受け取りをかなり待たされたのでどんどん心配は募る一方だったがそれもすべて思い出に。
いつものように「ハローアンゴラ!」を叫んで走り出すや否や、道の状況が相当悪い。アスファルトが崩れ、路面は隕石が落ちたかのような巨大な穴が無数に空いている。それも穴が深い。気分的にはキンバリーで見た「ビッグホール」のようだった(笑) その状態が20キロほど続き平均時速は20キロ。それもこの道はミシュランの地図では最大の幹線国道であるので地図上では全く路面状況については心配していなかったのだが。しかしあまりにも酷いのでアンゴラ政府は何をしてるんだろう?と思いながら走っているとオンジバという町を過ぎると素晴らしい舗装路に変わった。いやーやっぱり幹線道はちゃんとしているんだね。アンゴラ政府エラい!(笑)と思い走る。途中、道の脇に何台も燃えた車の残骸が見える。その中には戦車の形骸を残すものもあった。内戦の爪痕なのだろう。今度は左側に完全な形を保っている戦車が置き去りになっていた。これはさすがにUターンして写真撮影。
この国道は速度制限が120キロのところと60キロのところが交互にありそこを走行しながらルバンゴまでの到着時刻を計算する。この調子で行けば夕方には着くだろう。などど考えながら走行していると突然また悪路に。。今度は国境を超えたところの道の状態よりさらに悪い。ギアを二速に入れることができず、平均速度は15キロほどまで落ちる。デカイ穴に落ちないようによけ、またどうしようも無い時は超低速で穴を超えていく。ただアスファルトが断裂し崖崩れ状態、深い陥没の穴にはまったら転倒間違いなしなので本当に神経を使う。道の面積の内、95%が穴で残り5%が平面と言えば想像がつくでしょうか。大型トレーラー達も皆この道を通るので本当に辛そう。車輪が沢山ある分、バイクよりもゆっくりだ。 結果この状態の道が延々、100キロほど続くことになる。途中、部分的にこの酷い国道をさけるために多くのドライバーが走った自然に出来た側道がある。その道は幾分が走り易くギアをたまに二速に入れることが出来る。ただその道も大きな水たまりが途中に立ちはだかるので国道に復帰しなければいけない。国道は高い位置を走っていて側道は低い位置にあるので側道へ下るのと駆け上がるのをしばらくはそれを繰り返すことになる。ある時、側道から国道へ復帰しようとした時、路面の大きなギャップがバイクの底をヒットした反動で転倒してしまった。今回は傾斜が低い方向へバイクが倒れ、私自身は地面を転がることになった!地面を転がったのは久しぶりだ(笑) もちろん低速での転倒だったのと完全な装備のお陰でケガもない。ありがとう!ラフアンドロードとBMWのブーツ&グローブ、アライのヘルメット!(笑) バイクはタイヤのほうがハンドルより高い位置の状態で横たわっている!全ての荷物を降ろしてもそのままでは起こすことが出来ない。。お手上げ状態のところに反対側からやってきたトレーラーの運転手が声をかけてくれ助手の方と共に起こすのを手伝ってくれた(感涙)皆、困っている人をすぐに助ける習慣は本当に素晴らしい。やっとの思いでバイクに荷物を積んでいる最中今度は反対側にバイクを倒してしまった(恥)相当疲れているらしい。いつ終わるか判らない悪路を走り続けるのは本当に辛い。セスリエムからスワコプムンドに向かう長いダートは天国のように思えるほど。途中から常に気にし始めていたのは太陽の傾き。超低速走行のために一向に走行距離が伸びない。本日の目的地、ルバンゴに到着する予定の時間がどんどん遅くなっていく。暗闇になった場合、この悪路を走るのは自殺行為だ。とは言っても無情に時間が過ぎ、悪路は容赦なく続く。やっと奇麗な舗装路に出た!(嬉)ここからあとはルバンゴまで一直線!と思ったのはつかの間、すぐにまた悪路に。この精神的ショック、皆様わかります?(笑) どんどん日が暮れていく。16;00を過ぎた頃からトレーラー達が路上に車を停めて車泊の準備を始める光景を見かけるようになった。中には荷台の下と路面の間にベッドを取り付けている車も見た。そうして長い距離を走っていくんだね。 私ももう今日中にルバンゴに着くのは無理と判断しどこかで泊まらないといけない。しかし私はテントを持っていない。その辺にバイクを停めて寝る・・と言う事は無理なのだ。何か大きい土管を探すか、または人がいる村に行って馬小屋でもいいから寝床を提供してもらうかと考えるが人も歩いていない地域が続く。またもし寝る場所を確保出来たとしても食料がない。少しだけバイクにビスケットが積んである。水もあと僅か。こう考えると国境で渡してしまったリンゴ二個と国境屋に飲ませた水が愛おしく感じてしまった。
辺りが暗くなりかけてきたころにやっと村があり人がいる。路上にバイクを停めて村人が集まってるところに向かって歩く。疲労困憊で足どりが重い。ゆっくり彼らに向かって歩いて行くと皆、私に注目している。その内、歓迎的な笑顔をしている人がいたのでその人に話しかけてみる。とは言っても英語が通じないのでiPhoneに入れておいたポルトガル語のソフトを使ってここに泊まりたいということを伝えると、あと5キロ行けば町があるよと親切に教えてくれた。(感謝)本当に5キロほど走った所に町があり、バイクを停めて宿らしきところがどこか見渡していると遠くから指を差している人がいる。近くへいくと「ルバンゴならあっちだよ」と教えてくれてた。彼にも同じように「泊まるところを探している」と伝えると宿がある方向を一生懸命私に伝えてくれる。そうしているところに新しそうな車に乗った地元の方が何していると私達に声をかけ、結局その方が宿まで連れて行ってくれ宿の交渉もしてくた。もう、人に助けらてばかりです。宿で通された部屋は電気も使えず、お湯が出なくて水もほんのちょろちょろしか出ず、布団もなくシーツが一枚簡素なベッドにかけているだけ。トイレも流れない状態で吐き気をもよおすほどの異臭を放つ。それでも馬小屋よりいいし、下手すると木の下で身の危険を感じながら不安1000%で一夜を過ごすことになったことを思えばここは天国。朝になればこれでもかというくらいの豪雨。トタン屋根を叩く豪雨の音の大きさに耳を塞ぐほど。野宿をしていたかと思うと改めてぞっとする。ここの宿の人たちも皆親切。食事も十分出してくれて命拾いした。ここから少しいくともう道は奇麗でルバンゴまで一直線だと教えてくれた。少ししたら大雨の中をルバンゴに向けて出発だ。

ナミビア最後の町オンダングアの断水が多々ありしまいにはホテルは蛇口をひねると色付きの水が出てきた(笑) やっとの思いでアンゴラに入国!!!やった!しかし国境を境に一気に道は一変する。
すぐに酷い道に。
きれいな舗装が現れるが制限速度が120キロからいきなり60キロ区間になるところが少々ストレス。

車の残骸をあちこちで見かける。今までのアフリカ諸国で最も多い。

アンゴラに入りよく見かける家屋。

ルバンゴまであと400キロを切った!

本物の戦車。落書きが凄かった。。キャタピラは崩れ落ちていたが上部の機関銃が生なましかった。

タンザニアのようにオートバイがいきなり増えた。多くの男性が運転する。

水と緑が豊富な国と言う印象。


これが側道。

トレーラー達は時速10キロ未満。

やってしまった。GSゴメン。でもどこも壊れず丈夫。感謝。

助けてくれたヒーロー登場!!
その後、川で泳ぐ子供達、川で洗濯する家族、上半身裸体で歩く部族の女性等々、沢山のシャッターチャンスがありながら精神的余裕がなく撮影画像がない。私もまだまだだなと思う(笑)

ついに辿りついた宿で、夕食にありつけた。感無量。