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#WORLD DREAM TOURING

“世界の子供の希望と夢を発信します”

Cameroon(カメルーン)

マンフェ(カメルーン)~オガジャ(ナイジェリア)の旅

2011年3月17日(木)

DSCF3257これなんでしょう?












実はコンゴの商店で「チョコレート下さい」

といったら売ってくれたものです。

チューブに入っていて吸うのです。

マンフェの夜、ホテルのTVのニュース(CNN)では
一日の半分ほどは日本の地震のことを流している。

偶然、サッカーの番組で試合開始の時に、
日本を支援する主旨の文面を書いたサインが
ピッチに置かれ日本を哀悼するセレモニーが行われていた。
思わず泣けた。

朝、マンフェを6:45ごろ出発。


DSCF3258

2キロほど走るとすぐにダートになった



 



さあ、これからフランスヴィルで出会ったアメリカ人が言う、

 

「最悪の道」の始まり、始まり~(苦笑)

 

アフリカの悪路の総仕上げと思うと固唾を飲む。

 

ところが行けども行けどもそれほど酷くない。

途中、スゴく地面がエグレている箇所がいくつかあり4輪だと

凹凸が激しく確かにきついだろうと思うがバイクだとラインを選べば大丈夫だ。

ラインを外すと転倒につながりそうだが。。

 

そして、いつもこの旅をしていて思うことがある。

 

「何かに守られている」

 

ということを常に感じている。

 

分かれ道があり迷いそうになると前から車が走ってきて、行き先がわかったり、

誰か、バイクが後ろから抜いて先導してくれないと思うと、地元のライダーが

登場したり・・。

 

沢山のお守りと、多くの方の祈りが私を守ってくれていることを
辛いシーンになる度に特に思う。

 

ダート70キロ中、ラスト20キロの路面が厳しい状態だったが、

雨が降らなかったのと前述の地元ライダーが先導してくれたお陰で
無事、8:30ごろ国境のEKOKに到着。

 

マンフェ出発から1時間45分だった。

総じて感じたことは道の状態や、移動時間に限って言えば、

このカメルーン人達が言う情報はかなり信憑性があった。

(結構、他国の方の多くはかなりのプロブレム(問題)でも

「No,problem」を連呼したり、6時間かかるところを3時間でいけるといったりする人もいる)

 

エコクの町でイミグレーションでパスポート、

カスタムでカルネにそれぞれスタンプを押してもらうと、

両替商が声をかけてきた。

良心的なレートで、中央アフリカセーファーフランからナイラに換えてくれた。

 

(コンゴ、ガボン、カメルーンは中央アフリカセーファー、カメルーン通過は「ナイラ」)

 

ただ、私は勘違いをしていたのはこの先、向かう、

ベナン、トーゴ、マリ、ブルキナ、セネガル等も

「セーファーだよ」と聞いた事があったので全額換金しなかった。

 

でもよく調べると、同じセーファーフランでも、

この先の国は「西アフリカセーファーフラン」だと判り、

どこかで両替しないといけないと少々、焦っている。

 

カメルーンの国境を過ぎ、次は100mほどある橋を渡った先の

ナイジェリアの国境オフィスに行く。

イミグレーションでは入国目的を記入する書類を3枚も記入する必要があり、

パスポートの確認のために、3カ所ほどの小屋をまわりその担当者と面会する。

一人だけ「何かお土産頂戴」と。

セーファーでも、ナイラでも、コカ(コーラ)でも、ビアーでも・・という。

100円ほどあげると大喜びされていた。

 

ここナイジェリアはカルネ加盟国でないので残り少ないカルネ手帳は使えないので、

車両一時入国許可証を作成してもらった。これは50ユーロとかなり高い。

今考えればこれはもっと値切れたかもと思う。

 

さあ、ナイジェリア入国!

 

「ハロー!ナイジェリア」

 

といつものように叫ぶや否や、いきなり検問。

ここもイミグレーションだという。

パスポートチェックだけだったが、

その後も数キロ先ですぐに停められた。

 

とにかくナイジェリアのポリスストップは多く、

ガボンやカメルーンのように「バイクはスルー」とはいかないところが多い。

 

DSCF3259ナイジェリアも景色が良いところが多い。








さて今日はどこまで行けるか・・と考えながら走る。

オゴジャという町に入るとポリスストップも無くなり、

落ち着いた雰囲気になってきた。

ガソリンスタンドがあったので、町の情報を聞くことも含め、

給油のために入る。

 

ガソリンを入れてもらっていると物売りの子供達がやってきた。

バナナを一房買う。

60円くらい。

 

あと、孤児院(だと思う)へのチャリティのために募金を願う子供も来たので、

日本の悲劇のこともあり、このチャリティを無視出来ず、僅かだが小銭を提供。

 

このガソリンスタンドにちょうどいい休憩スペースがあったためランチ代わりにバナナを

食べさせてもらっているとその付近にいた人達がとても親切にしてくれた。

 

時間を確認するとすでに13:30。

マンフェからもう相当走ってきているのと、次の中核都市マクルディまではまだ5時間ほどかかると言う。

 

「この町に良いホテルはありますか?」

 

と聞くとホテルまで案内すると言ってくれるバイク兄ちゃんがいたので、行く事にした。

遠くから、

「お、あれか!」と思えるきれいで新しいホテルが見えてきた。

 

まさにその建物の入り口から入場し、

レセプションでチェックイン。

 

 

「ここはこの町で一番良いホテルです」

という。

 

部屋を確認すると、

DSCF3261最新型のTV、
エアコン、
冷蔵庫、
扇風機、
多くの照明機器が設置されていた。

 

インターネットはないというがまあ仕方がない。

 

値段を聞くと、4500円。
気に入ったので泊まることにした。

 

さて、バイクから荷物を全て部屋に運び込み、
ほっと一息ついて作業を始めるために、

各種電気をつけようとスイッチをいじるが、反応がない。

全ての電気機器に反応がない。

日本の事が気になるのでTVもつけたい。

 

フロントへ行き、電気がつかないよというと、

 

「電気は18:30からです」

 

面白いことを言われた(笑)

 

日本のように電気は通っておらず、ホテルで発電機を持っていて
それを始動する時間が決まっているらしい。

 

部屋は十分な光量を得られる窓の設計になっていないので、
懐中電灯を使いながら作業をする。

 

ドアをノックする人が来た。

「バイクの洗車はいかがですか?」

「値段はいくら?」

「いくらでもいいですよ」

ということでしてもらうことにして終了後、500円渡すとまた大変喜んでくれた。

 

何度か催促したこともあり、18:30ぴったりに発電機が動き出した!

暗かった部屋の電気が「一部」、明るくなった。

いくつかの照明機器はついていない。

 

照明機器が部屋に置かれているが、コンセントのコードがないものが一つ。

電気が始動し始めたとたん、バチ!!といってそのまま切れたものが一つ。

最初から点灯しない壁のライトが一つ。

 

TVはというと、電気が暗くなって電力が低下し始めると、

冷蔵庫、エアコン、扇風機と同時に使えなくなった。。

 

一つの電灯だけついている。

 

そして、全ての停電と、回復の繰り返しがこの一晩で10回ほどあった。

 

夕食を頼んであり部屋に持って来てくれたが懐中電灯を使いながら食べる。

食事はチキンかフィッシュかを聞かれたので、
マンフェの夕食がチキンだったのでフィッシュを頼んだ。

魚は太い骨がめちゃくちゃあるものだったが味付けは美味しい。

ただ、味が濃く、辛い!

 

パソコン他、充電したいものがあったが、手持ちのコンセントケーブルを壁の穴に差した瞬間、

バチ!!

とショートする音と共に、少し焦げ臭くなったので、
PCにつなぐのは辞めた。

携帯の充電も切れるところだったが明日の出発とともに
バイクから充電することにする。

 

そんなことなので、早く寝る事にする(笑)

【カメルーン】ヤウンデ~マンフェの旅

2011年3月16日(水)

「ダート(一部、悪路)60キロを含む500キロの移動の日となる」

 

ヤウンデのホテルを7:00に出発。

DSCF3230
朝もやが美しい景観を作り出す。





 すぐのスタンドでガソリンを入れ、まずはバフサムへ向かう。

 

バフサムは大きな街なので、

そこまでの道のりに時間がかかったりしたらここで泊まろうと考えていた。

 

バフサム手前、

バンジョンという村は「王宮」があるところで観光地らしく、

地域の町並みもちょっと雰囲気が違う。

 

ヤウンデからバフサムに近づくに連れて大きく立派な家が増えてきた。

DSCF3232

ホテルなのか、王族の屋敷なのか不明だが

お城チックな立派な家を沢山見る事が出来る。





王宮の村の入り口を発見したが、

今回は先を急ぐのと、特に興味がない(?)ので通過することにした。

 

10:30頃、バフサムに到着。

時間に、まだ余裕がある。

今日の移動をここで終了させるのは無論もったいないので

次の街、バメンダへ向かう。

 

バフサムの街の中心に大きなロータリーがあり、

バメンダ方面がどっちなのかバイクを停めていると

横のガソリンスタンドの警備員らしき人が声を上げ、手招きしている。

 

近寄っていき挨拶をして、バメンダの方向を教えてもらう。

その次はバイクのことについて質問攻めにあう。

あっと云う間に人だかりが出来、

周りで私のバイクについていろいろ討論会が始まる(笑)

質問は、

 

バイクの値段は?

 

馬力は?

 

メーカーは?

 

それはGPSか?

 

・・なんだ、かんだ。。

 

またこの警備員のおじさんがバメンダの後はどこに行くんだ?と聞くので

マンフェだよ。と答えると、

 

だったら、バメンダまで行ったらまたここに戻り、

ドゥアラ(ものスゴい遠い都市)まで行き、

そこからマンフェに向かわないといけない。

バメンダからマンフェに直接行く道はない。

またはあっても凄く酷くて走ることは不可能。

という。

 

唖然。・・そ、そんな。。

 

頭を抱え、そんな情報聞いてないという話しをすると、

周りの人だかり中の何人かが

 

「大丈夫、今はその道は行けるようになった」

 

と言い出してくれて、この警備員も

「やっぱり行けるって」

と(笑)

 

情報の得方について改めて慎重になろうと感じた。

 

出発するためにエンジンをかけると、

この警備員のおじさんが勝手にアクセルをつかみ、

 

ブイーン、

ブイーン

とふかす。あのね・・(苦笑)

 

そして、何故か「住所を教えて」と。

時間もないのでノー、と云うと

 

「WHY?」と。

 

こっちが「ホワイ」ですよ(笑)

 

バメンダに向かうと12:00過ぎに着いた。

ここも宿泊候補地だったが順調に移動出来ているので

最終目的地のマンフェに向かうことにした。

 

地図上でみると、

バフサムからバメンダまでの距離と、

バメンダからマンフェまでの距離が同じくらいなので、

マンフェまで1~2時間で到着出来るだろうと思ったが、

地元の人に聞いてみると4時間はかかるという。

 

どういうことかすぐに判った。道の状態が悪いからだ。

 

マンフェに17:00前に到着出来ればギリギリセーフだなと考える。

何か雨にふられるとかトラブルに見舞われたら途中の町か村で泊めてもらおう。

 

DSCF3245バメンダは高い標高の山を街の中心に持つ街。







山の下の街を眼下に一望出来るところに座り
ランチ代わりにバナナを食べていると地元のバイク乗りが話しかけてきた。

ここの人達は皆、英語で話しかけてきた。

逆に、ある一人の男性は英語は話すがフランス語が出来ないという。

 

このカメルーンは「バイリンガルカントリー」

と、昨日お世話になった横山さんに教えてもらった。

カメルーンの北西部に入るとフランス語ではなく英語圏になった。

町に立つ標識や広告もいつの間にか英語のものになっている。
 

DSCF3246峠道を走るように長く街に向かう下り坂




 


DSCF3250バイクが多いのは他の街と変わらないがデコレーションされたバイクが多く面白い。






DSCF3238 







バメンダを出てしばらく走るといくつか分かれ道があるので、

確認のために道の端にバイクを停めて辺りを見回していると

バイクの若者が話しかけてくれた。

 

「マンフェに行きたい」

と言うと

 

「ついて来て」

とジェスチャー。

マンフェまでの道が判るところまでバイクで先導してくれた。

 

そしてその先の分かれ道の部分について地図も書いてくれた。

カメルーンのバイクライダーも皆、とても親切。感謝。

 

バメンダから30分ほど走ったところからダートになった。

初カメルーンダートだ。

 

ダートといっても人工的な状態になっているところが多い。

DSCF3251相当の箇所で、そして長い距離にわたって道路工事が行われている。





中国の会社が陣頭指揮を執っているようで、

ところどころで中国人の顔をみる。

工事車両も一部は中国で製造されたものらしく、

中国語が書かれた車両が多い。

 

そして、よほどヒマなのか工事関係者が次から次へと、

苦労してダートを走っている私を停めて話そうとする。

皆、話しかけてくる言葉は英語だ。

 

一部はまだ工事が手つかずで自然の悪路が残る。

結局、バメンダからマンフェまで3時間半で到着することが出来た。

 

夕べ、ウェブサイトでマンフェのホテルを探していると、

ある日本人のブログ情報で、

 

「『ダタ ホテル』がベスト」

 

と書いてあった。

エアコンもあり、TVもあり、お湯も出る・・との情報だったので行ってみると

確かにエアコンがある部屋があるのだが今は壊れて動かないという。

シャワーも水だけだった。

 

そのウェブ情報は6年以上前のものだったので

当時はエアコンも動いて、お湯も出たようだ(笑)

情報は新しいものをチェックしないといけない。。

DSCF3254テレビのメーカーに注目。

私がお世話になったバイクメーカーと似ている。。
 

 

【ダタ ホテル8500シーファー(1500円)水シャワー/扇風機】

 

ちなみに、このホテルの受付のアフリカ人女性(オーナー?)は、

私の知人の男性にそっくりだった(笑)

その男性(S・T氏)はアフリカ人そっくりなのだ。

 

明日は国境エコクを通過し無事ナイジェリアに入国し

オゴジャ、またはマクルディに到達できたら最高!

 

夕食時にホテルの人にここからエコクまで何時間かかると聞くと、

 

車で3時間。

バイクなら2時間だよ。

と。

 

本当かな~・・(笑)

それならとっても嬉しいんだけど。

 

このマンフェ~エコク間は私のアフリカ大陸のルートで最後の悪路とされている。

天気が良く、良い思い出になることを祈る(苦笑)

 

しかしこの部屋は夜8時を過ぎるというのに暑い。。(辛)

【カメルーン】滞在/子供インタビュー!

2011年3月15日(火)

朝起きてメールをチェックすると、

日本のBMWディーラーである福田モーターの大津さんからメールが届いている。

エンジンに異常を示す警告灯が点灯したため相談してあったところ、

「早めにエンジンオイルとエレメントの交換をして下さい」とのことだった。

今日、このヤウンデで出来ればと思い、

寺子屋のお二人に相談メールを送るとすぐに手配をして下るお返事をくれた。

 

最高に有り難いです。。

 

子供インタビューで訪問する学校へ行く前に、

お二人が運営されている寺子屋に伺う。

新築の素敵な建物に教室と住居を構えてる。

 

空手の道場、

日本語学校の教室、

音楽教室、

マッサージ&リフレクソロジーの部屋、

どの部屋を見てもアフリカと思えないほどきれいで広々としている。

 

ここで学べる生徒はとっても幸せだ。

私もここに少し滞在して英語を習いたいと思った(笑)。

お二人はJICA(海外青年協力隊)出身でアフリカに惚れ込み人生かけてここにやって来ている。

 

・・めっちゃスゴイ素敵な女性達です!

 

約束を取り付けて下さった学校までお二人はタクシーで、私はバイクに乗って移動。

その学校はインターナショナルスクールで、

このヤウンデではお嬢様、オボッチャマが通うようなハイソなところ。

英語の話せるディレクター(校長先生ではない)が出迎えてくれ、まずコーヒーをごちそうになる。

また今回のインタビューに際して訪問の目的のレターがあれば・・

とのことだっただが私の英語力ではおぼつかないないため横山さんが作成を手伝って下さった。

 

もう、何から何まで感謝です。

 

さて、子供インタビュー開始!

ディレクターが私達を教室を案内してくれそのクラスの代表3名を選ぶことになった際、

 

私! 私!

 

子供達が皆、すごい率先して立候補する!(驚)

担任の先生が代表者を選び、3名の子供にインタビューをすることが出来た。

ただしフランス語なのでどんなことを言っているかさっぱり判らないので、

後に先生からおおよその事を教えてもらった。

 

日本で翻訳をしてくださる方のご協力のもと、このブログにアップする映像が完成するわけだが、

その映像を待ち、私も見るのを楽しみにする。

 

さあ、インタビュー終了!

・・と思ったところ、先生がもう一つ教室へ行きましょう!

ということになりさらにインタビューが続く。

 

この学校の先生は私達にも対しても、子供達に対してもいろいろ見せたかったようだ。

二つ目の教室でも元気一杯の子供達がインタビューに答えてくれる。

特に、このカメルーンでは皆、緊張が無く、

とてもリラックスしていて、楽しんでインタビューに答えてくれていた。

ディレクターがさらに隣の学校(高等部?)も案内してくれようとしてくれたが、

時間の制約があり、さすがに遠慮させて戴いた(笑)

御礼のスポンサーステッカーを渡し学校を後にした。

 

次は、オイル&エレメント交換の作業をするのだが、

場所と抜いたオイルを廃棄してくれるところが必要だ。

そこで矢田さんのお知り合いで自動車の部品商をしている方を知っているということで、

そちらを訪問すると、大変親切な方で、

 

私を近くのガソリンスタンドに連れて行ってくれ、

オイルを一緒に選び、

私の作業を手伝う人を手配して、

一緒に作業を見守っていてくれた。

 

矢田さんへの信頼があったからこそ見ず知らずの私に対しても親切にしてくれたのだ。

やはり地球上、どこへ行っても人間力が大切だと改めて納得。

 

お陰様で一時間ほどで無事、作業を完了することが出来た。

これでオートバイも一安心。

 

その間、ずっと寺子屋のお二人は暑い中、屋外で待っていてくれた。

なんという素晴らしい方々だろう。

でも口べたな私は感謝の言葉を十分伝えられないでいることに少々自己嫌悪。

 

帰りにお二人とお茶をし、お別れをする際、お土産まで戴いてしまった。

本当に何から何までお世話になってしまい、有り難うございました。

今後、カメルーンでお二人の持つ夢、目標が叶うように心から祈っています。

またこのような最高に素敵なお二人を紹介してくれた日本の清水千絵さんにも深く感謝します。

 

明日は早朝、このヤウンデを出発しナイジェリア手前のマンフェに出来る限り近づきたい。

マンフェ~国境の町エコクがかなり大変な道の状態らしいので今から少々緊張している。。


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ホテルの外観







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ホテル前のメインストリート








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日本の文化をカメルーンに伝える「寺子屋」バストスという高級住宅街のエリアにある







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矢田さんに空手の型をお願いします!

というとすぐにハイ!

とめちゃめちゃノリがいい関西人(笑)





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日本語学校の教室





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授業風景の横山さんです(笑)


 




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インタビュー中です!








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ガソリンスタンドで作業開始!

皆さんご親切に手伝ってくれました。






DSCF3227 何から何までお世話になった二日間でした。深謝。

 

【カメルーン】エメロウド~ヤウンデの旅

2011年3月14日(月)
朝7:00にカメルーン側国境の町を出発。道の状態が良いので順調に進み、中間の中都市エボロワを抜けヤウンデに到着。ヤウンデ空港からの道のロータリーで両手に何かの商品をぶら下げてる女性がいる。何を持っているのかとみると動物@@ あえてUターンして写真撮影させてもらった。イタチと山猫のようだが何に使うのだろう??(苦笑)
ヤウンデのヒルトンに到着したのが11:00すぎ。かなり順調だった。アメリカンエキスプレスの特別な協力により大体のホテルの手配をしてくれているので大助かり。感謝。九州の友人伊藤マチャが知人でカメルーン在住者からの情報でヒルトンホテルに絶対に泊まるべし、とのことだったので行くと大正解。値段は高いが対応は最高。今までの旅の中でNo1です。部屋に入ってすぐにこのカメルーンで子供インタビューのアテンドをして下さる横山さん&矢田さん(紹介者:清水千絵さんー)に連絡をとると近くにいるとのこでホテルでランチをすることに。彼女達は日本の文化をこのカメルーン(アフリカ)に伝えて行くという素晴らしいミッションのもと半年以上前に居を構え「寺子屋」という教育施設を運営なさっている方々だった。
Website:
http://terakoyaafrica.web.fc2.com
わざわざ時間を割いてくれ私がカメルーン到着後必要な作業を全てお手伝いしてくれた。感謝。
明日、寺子屋さんを訪問後近くの学校に行き、子供インタビューを行う。コンゴ、ガボンが出来なかったのでとても楽しみ。さて、日本についてはどんな意見を語ってくれるだろうか。


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女性が持つ、売り物の小動物。。ちなみに値段はいくらだったんだろう(笑)







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街を案内してくれる横山さんと矢田さん。正面奥がヒルトンホテル。この辺りは官庁街だそう。











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携帯電話の使用に関連して訪問した現地の大手電話会社。超混み!アフリカは今どこの国も携帯ブーム!!





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街のど真ん中の広場で自動車教習が行われている。運転が荒いことで有名なカメルーン人の元はここだったのか!(笑)

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